El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(95)―依存症の根底にあるもの―

 

 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「依存症」。これまでスマホ依存、アルコール依存など個々の依存症を取り上げてきました。今回は薬物依存症治療の第一人者、松本俊彦氏による精神医学エッセイ「誰がために医師はいる」から「人間が何かに依存するということの根底にあるもの」を考えてみましょう。この本、薬物依存治療をメインにしながら、現代の精神医学全体を俯瞰しつつ、出自から現時点までの自分史をも語ってくれるており、中身も濃いが文章も上手であっという間に読んでしまいました。

松本氏は小田原の高校から佐賀医大という経歴の1967年生まれ。冒頭に書かれた小田原での荒れた中学時代の話にすでに友人のシンナー中毒がでてくる。なるほど、薬物依存を専門としていなくても、人生の中で「ああ、あの人は〇〇依存だったよな」ということは確かにありますね。

松本氏はいろいろな経緯があって不本意ながらも薬物依存の治療にはまっていきます。ポイントとなり何度か語られる大きな気づきが「依存は、それによって得られる快感のために依存に陥るのではない」ということ。ではなぜ依存に?それは「過去や現在のトラウマ・生きにくさ(精神的の場合も肉体的な場合もある)から逃避する手段として何かに依存する」ということなのです。「唐辛子を山盛りふりかける行為」という例にもうなづけます。松本氏自身もアルファロメオの改造にのめりこむ行為依存になったりしている。「依存とは欠落の補填」と考えれば、依存を抑制するという治療の前に、依存を引き起こす患者の欠落が何かを考え、そこを是正していかなくてはならないということですね。

本書には、依存症患者の自殺例がいくつか取り上げられおり、それぞれに強い印象を読者に残します。小田原に住んだことのある私にとっては、「小田原城からの飛び降り自殺」がもっとも印象的でした。自殺後の心理学的剖検の話や巨大橋梁の自殺対策など、知られざる精神医療の世界を垣間見ることもできます。精神科医にとっては、次回の診察予約をとること自体に治療的な意味があり、予約の有無こそが生ける人と死せる人とを隔てるものだ。・・・なるほど

メキシコの大麻、ペルーのコカ、中国のアヘンなど、どの民族どの文化にもそれぞれお気に入りの薬物があり、その薬物を上手に使いながらコミュニティを維持してきました。この世には「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは薬物の「よい使い方」と「悪い使い方」。「悪い使い方」をする人は、必ず薬物とは別に何か困りごとや悩みごとを抱えている。だから依存症をみたらその困りごとを発見しなくてはならない、というわけです。

もう一つ、薬物自己使用者の再犯防止には、刑罰は有効でないどころか、かえって治療の妨げになっているということ。タレントやミュージシャンが覚醒剤中毒で検挙されたときのマスコミ総がかりのバッシングの異様さは確かに感じますよね。バッシングしたからとて、拘留されたからとて、依存の根本原因である困りごと悩み事を解決しなければどうにもならない。そういう意味では、「ダメ。ゼッタイ。」や「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」なんて標語や恐ろしさだけを説く学校での薬物乱用防止教室はかえって良くない結果を引き起こす。

後半では、2000年代以降の精神医療の問題点をえぐります。駅前メンタルクリニックの急増、ドリフ外来(めしくってるか、寝てるか)、ベンゾ依存症を生み出す医師の処方などを取り上げ、精神科医は白衣を着た売人とまで書く。そして最後の章では、薬物依存からアル中への遷移の問題も・・・ストロング系チューハイの危険さ。

では、どうやって治療していくのか。最終章で、自助グループのメンバーを通して語られるが、それはやはり人と人のつながりということなのでしょう。アディクションの反対語はコネクション(つながり)。I and Youではなくて I and I=(レゲエでいうところのアヤナイ)・・と、最後は煙にまかれた感じもしますが、それも含めて依存症治療ということなのだろうと。コロナ禍がもたらすさまざまな困難は依存症を増やしているのではないでしょうか、オリンピックや大谷選手の活躍に過度にのめり込むのも依存症と同じメカニズムなのかも。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年8月)。