El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ(いずみ)氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

新・私の本棚 (5)理系研究者の人生終盤は? 医師が読み解く「老後のヒント」

 https://membersmedia.m3.com/articles/7061 

65歳すぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのサード・シーズン「新私の本棚・65歳超えて一般書で最新医学」の第5回。今回のテーマは新年でまた年を重ねたということで「理系の老後」を取り上げてみます。

わたしも医学部卒業以来40年、お世話になった先輩方はリタイアする人もちらほら。同僚たちは老後の人生を考える日々。後輩たちとは年ごとに年齢差が広がり、自分の子どもより若い世代が医師になる令和の日々。さすがに世代交代の必要性を感じます。定年とはそうした新陳代謝のための、いい制度なのかもしれません。還暦・定年、そしてその後の人生をどう生きればいいのか、先達の知恵を読み解いていきましょう。

還暦後の人生のイメージが変わる?
医師におすすめの老後本

高齢化する団塊世代をあてこんでか、老後のお金や生活をテーマにした本がやたらに増えてきましたが、働こうと思えばいつまでも働ける医師には、あまり参考になるものはありません。ところが、一冊目に紹介する『還暦以後』には、ありふれたタイトルからは想像できない、濃厚な還暦後人生がつまっていました。

還暦をキーワードに歴史上の人物たちが、どのように還暦を迎え、どのようにその後の人生を送ったのか。江戸末期から戦後まで人物相互の関係性を保ちながら、まるでしりとりのようにつなげにつなげた還暦後の人生、27人分のヒストリーです。還暦を迎えたその後の人生で、大きな仕事を成し遂げている人の多いことに驚きです。

あとがきに著者自身が書いていますが、この本の中ほどまでは著者の専門でもある明治維新期の人物が多く、特に政治家のパートは元老政治の後継者継続がうまくいかず、戦争に突入していく暗い時代の話が続くので、読んでいるほうも暗くなりそうです。

そうなったら作家の伊藤整あたりまでいったん飛んで、やや新しい人たちの還暦後の仕事ぶりやエロスぶりを読むとリフレッシュでき、そうするとまた途中のページの人たちを楽しむことができるようになります。

「還暦」というだけあって、また幕末・明治が著者のメインの研究フィールドであるからか、明治の改暦の前後における日付の考え方や干支についてかなりこだわりがあるようです。最初はそれがわずらわしいですが、最後まで読むとそれもまた味わいだと思えてきます。還暦後もいろいろ頑張ろう!…そんな気になれる、個人的にはベストな老後本です。(単行本を取り上げましたが、その後「ちくま文庫版」も発刊されています。)

還暦以後

還暦以後

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読む・打つ・書く―現代の方丈記?

2冊目は『読む・打つ・書く』。著者の三中(みなか)先生は1958年京都市生まれ。東大農学部出身で進化生物学の研究者です。農水省系の独法の研究員…というのは仮のお姿、と言っていいのか。そもそも、東大の理系のオーバードクターとは、そういう職におさまるものなのかもしれません。

タイトルを読み下すと「本を読む、書評を打つ、本を書く」らしいです。職業人としての職場(ファースト・プレイス)、家庭人としての家庭(セカンド・プレイス)、だけでは知性のおさまりがつかないゆえのサード・プレイスとして「読む・打つ・書く」の知的生活を探求。本書には、そのノウハウがかなり具体的に書かれています。「工学部ヒラノ教授」シリーズ(今野浩著:次項)の別バージョンという趣です。

「読む」「打つ」は、同年代で理系の私にも参考になりました。かなりストイックな感じもしますね。「書く」のほうは「ヒラノ教授」もそうですが、やはり若いころから本を書いていて出版社との関係などがあれば、出版という結果がモチベーションになりそうです。しかし、一般人がブログを書くレベルでは継続するにはそれなりの根気が必要でしょう。

そういう意味では、地味な分野の理系研究者にとって、三中先生のライフスタイルはひとつの理想かもしれません。特に「インターリュード(1)」の項目に書かれた「ローカルに生きる孤独な研究者の人生行路」あたりの文章は、徒然草や方丈記にも通じるものがあります。定年や老化を乗り越えて三中先生のサード・プレイスがどう進化していくのか、続編を期待しています。

工学部教授がつづる、人生終盤の日々

3冊目は『工学部ヒラノ教授の徘徊老人日記』。1940年生まれのヒラノ教授こと今野さんは昨年2月、81歳で亡くなられました。

今野さんが理系人生の大先輩ということもあり、ヒラノ教授シリーズをずっと読んできましたが、同シリーズの『工学部ヒラノ教授の終活大作戦』『工学部ヒラノ教授のラストメッセージ』でさすがに終わりかと思っていました。しかし、奥様と娘さんを看取った後も、孤老の人生は粛々と続いていたのですね。理系人生の最終盤のさまざまを、疑似体験させていただきました。

数理計画という専門性ゆえなのか、すべての行動に理屈が通っていて計画的。奥様や子どもさんたちにとっては息苦しい部分もあったのではないか、と思うところがないではないですが、孤老となったヒラノ教授のフルパワー炸裂です。この本の後、2020年、2021年、さらには2022年6月の著者死去直後にもこのシリーズの新刊が出ていることに、さらにおどろかされます。

介護保険制度や施設、医療との関係性など、これからヒラノ教授の後を追う高齢者の参考になる情報が多いです。一方で、研究生活回顧談のパートでは、現役の研究者や学生に参考になる経験談もたくさんあります。そうそう真似できるものでもないですが、いくつか書き抜いておくと…

(1)「たとえ自分でやったほうが早い仕事でも秘書に任せて、自分にしかできない仕事に時間を割く方が賢明である。何をやっても誰よりも上手にできる人は、誰かに任せればいい仕事でも自分でやってしまいがちである。この結果、自分でなければできない仕事に割く時間が少なくなってしまう。これはまことにもったいないことである。」P121

(2)「研究者は二つのテーマを持っているときに、最も生産性が上がるという。テーマAがデッドロックに乗り上げたときは、テーマBに乗り換える。そしてテーマBの作業が一段落したときはAに戻る。AとBを行ったり来たりしているうちに、AもBも完成するという仕組みである。物書き作業の場合も同じで、この方式を採用するとウツにならずに済む。」P194

(3)「いつになったら答えが出るかわからない大問題に取り組むより、身の丈に合った問題を見つけて、それなりの結果を出すという生き方もあること、優秀な人が束になって取り組んでいる分野には近づかないほうが賢明であること」P195

終戦後の世界に育ち、高度成長期とともに生き、日本の衰退の中を人生の終末に向かって生きる。昭和10年代生まれとはそういう世代なのだなと思いました。その次の団塊世代の終末がどうなるのかはこれから、そしてその後の世代であるわたしも、アフターコロナの長い日々をどう生きることになるのでしょう。

まとめと次回予告

わたし自身65歳の現時点で、生命表を確認すると平均余命は20年。そのうち健康でいられるのは10年前後らしいですが、少しでも健康寿命を延ばし不健康の期間を短縮するために排除すべき生活の「3大悪習慣」というのがあります。No.3は「運動不足」、No.2は「孤独」、そしてワースト!No.1は「睡眠不足」なんです。

前回の「脳科学」がテーマのブックレビューでも、寝ている間に脳の排泄物が脳脊髄液を介して排出されるという話を紹介しました。世界で一番睡眠時間が少ないといわれる日本人ですが、65歳を過ぎたら毎日7時間寝る生活習慣をぜひ身に付けましょう。

さて次回はひさしぶりに「がん」を取り上げてみます。コロナ禍の直前に鳴り物入りで登場した「がん遺伝子パネル検査」ですが、あまり話題にもならなくなりました。そもそもの「がん遺伝子を目標にしたがん治療」も、疑問視する意見が聞かれるようになってきているようでもあります。そうした動向を『ヒトはなぜ「がん」になるのか』『がんは裏切る細胞である』『悪いがん治療』の3冊で読み解いてみたいと思います。

お楽しみに。

クライマーズ・ハイ (Audible)

悲しい思い出

1985年、医者にはなったけれど大学院生でもあった私は4月から初めての東京暮らしをしていた。生活費は病院の当直バイトで稼がなくてはならない身分だったのでお盆の時期は稼ぎ時で、8月12日月曜日の朝、大学医局の先輩が土日と当直していた病院に行き、彼と当直を交代した。

その先輩は大阪にガールフレンドがいて、そのまま羽田空港へ向かい夏休みを彼女と過ごすために大阪に飛ぶらしく、とてもうきうきしていた。「じゃ、楽しんできてください」と送り出した。それが先輩とかわした最後の言葉になった。彼の乗った飛行機はJAL123便で、群馬県御巣鷹山に墜落した。

あの事故をメインにすえた小説ということでAudibleで聴いてみた。事故当時のことがよみがえるというのは確かにあった・・・。あの事故から38年か、と。65年も生きていると悲しい思い出もいくつかはある。

今では、この小説を読むことがあの事故を振り返る数少ないよすがになっているとも思った。そういう意味でこの小説の存在意義はある。

ただ、それ以外の部分、新聞記者の主人公のメンタリティや親子関係、地方新聞社の派閥抗争、つまりフィクション部分はどうにも戯画的で辟易し最後まで聴くのに苦労した。この作家の作品は「半落ち」や「ノースライト」で映像化されたものをみたことがあるが、そのときも同じことを感じた。たぶん自分には合わないのだろう。それもまた再確認出来た。

双調平家物語(14) 治承の巻(承前)・源氏の巻

清盛の被害妄想が平家没落を加速する1180年(治承4年)

以仁王・源頼政の打倒平家の旗揚げ(治承4年 1180年5月)。しかし、三井寺と叡山と興福寺それぞれの宗教勢力の利害が絡み合うことで、この乱そのものは平家の大軍勢によって宇治平等院で頼政が敗死し奈良に墜ちようとした以仁王も討たれてしまう。

しかし、そんな反乱が起こったことそのものに過剰に反応した清盛は都を京から福原(神戸)に遷都して、法皇(後白河院)、上皇(高倉院)、安徳天皇とすべてを支配下に置こうとする。するとどうなるか・・・

東国の主だった武将は京都の警備という名目で、人質代わりの一族代表を勤番として京都に据え置かれていた。そうした東国武士を制御していた仕組みそのものが福原遷都であいまいなものになってしまい、東国の平家支配に緩みが。これがこの巻の前半。

後半は「鎌倉殿の13人」の世界に繋がっていく。重盛の若死にもあるが、清盛があまりにワンマンで集団政治化できなかったために、優秀な跡継ぎがいない、というただそれだけで滅びの道を進んでいくことになる。

頼朝の挙兵(同年8月17日)もそうそううまく進んだわけではないが、そこでもまた清盛の浅慮ともいえる大追討軍の派遣があり富士川の戦い(同年10月20日)へ・・・というところで最終巻へ続く。

この流れをみていると、権力を握ったら官僚機構を集団化して個人としての後継者の資質によらない永続性を目指すべき、しかしそうすると官僚機構を動かす中心人物に権力が集中して、それまでの権力者はお飾りに据えられてしまうーという権力交代の日本的(?)パターンの存在意義もなんとなく理解できる。創業者が死ねば倒産してしまうようでは・・・

訃報 目黒孝二氏 (「本の雑誌」創刊者)

団塊世代男性が死んでいく時代に入ってきたのですね

「本の雑誌」の創刊者で書評家・北上次郎としても知られる目黒孝二さんが死去された。享年76歳ということは昭和21年か22年のお生まれ、いわゆる団塊世代。団塊世代が後期高齢者域に入りつつあり、特に男性は平均寿命からみても訃報としてお見かけすることが増えました。

良くも悪くも戦後日本を引っ張ってきた世代であり、10歳ばかり年下の私(シラケ世代)にとっては、人生のステージごとに10コ先輩として、教えを受けたりしごかれたりしたものだ。そうした先輩の訃報を目にすることが増え、やがては自分もそのゾーンに入っていくのかと考えてしまう。

一方で、団塊世代のタフネスというのはたしかにあって、世の中を動かすリーダーが団塊世代からシラケ世代にかわって行きつつあり、同世代なだけに頼りない感じだ。ちなみに岸田現首相は私と同じ歳のシラケ世代。

世代論では片付けられないことも多々あろうが、やはり団塊世代というのはボリューム+タフネスで影響が大きく、その死の時代が続くこの先20年ほどの日本の困難さに嘆息。

現代カタストロフ論

50年たつと過去の過ちを忘れてしまうだけ

カタストロフ理論は1970年代~80年代に小さなブームがあったが、結局のところこの本がそうであるように、社会科学や人文科学で杜撰な使い方をしたために廃れてしまった理論。それから50年たって、社会の混乱やコロナをカタストロフ理論で解き明かすという本がでるのは、歴史の無視感・既視感に驚く。

たぶん、50年もたつと「そんな理論はダメだった」という歴史自体が忘れられて、「カタストロフ理論いいじゃん」というお調子者が現れるということだろうか。そして、数学的理論をテキトーに社会学や経済学に定性的に重ね合わせて、50年周期がどうのこうの言っているのは、50年という時の流れが符合していて、それはそれでおもしろい。まさに「50年周期のカタストロフ論」ではなく「50年周期の忘却の理論」といったほうがぴったり。

本書中にあるウイルスの変異やがん細胞の変異の理論は進化生物学で具体的に解明されてきており「カタストロフ理論」を持ち出す必要はあまり感じない。新型コロナの変異株による感染爆発の波と景気の波を重ね合わせて「現代カタストロフ論」というのはちょっと無理筋すぎる・・・と思う。