El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ(いずみ)氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

古寺行こう(5)薬師寺 行ってみた

美術的には見どころは・・・?

「古寺行こう」を手に、古寺に行ってみるシリーズ。今回は奈良は西ノ京「薬師寺」。いつもは修学旅行生でいっぱいな感じだが、コロナのせいで人がいない。

薬師寺といえば二つの三重塔、特に天平2年(730)に建てられたそのままが残る東塔が凍れる音楽として有名だが、それ以外にどんな見どころが、と言われるとそれこそ「古寺行こう」を見ないとわからないくらい。

いつもは北隣の唐招提寺とセットで行くので、なんとなく満たされていたが薬師寺単独で訪問してみると、法隆寺や東大寺に比べたら見どころが少ない。平山郁夫や田渕俊夫の描いた絵が見どころになると考えたらわかる。

今回は奈良時代の東塔の水煙(塔の一番先端付近の装飾)そのものが間近で見れる展示になっておりその大きさに驚いた。塔の上の部分の作りが意外に大きいことにあらためて気づく。

 

老後は要領 孤立しないで自立する

中身は相変わらずだが・・・一回は読んでおいても

50歳、60歳、70歳、80歳年代ごとに似たような老後本を書きまくっている和田秀樹先生。一冊だけ立ち読みで読んでみることに。

基本は「働ける間は引退せずに働く」ということに尽きるかな。そこは今の自分の方向性と合っている。もちろん、働き続けるだけのニーズがあるということが必要で、そこは先読みして先回りする必要もある。

経済の問題も、夫婦関係も、子供との関係も、健康維持も、定年で引退するよりは、働けるだけ働き続けるほうがうまく回るのはまあ当たり前。その当たり前と「安楽な老後という夢」をどう折合いつけるかということになる。

老後にやる仕事を楽しめるならそれがいいんだろう。つまり、仕事を好きになること。いやいやながらではなかなか難しい。気の持ち方ひとつで、いやいやながらの仕事にも、楽しめる仕事にもなる。そこらへんを意識したい。

FIRE=「Financial Independence, Retire Early(経済的自立と早期リタイア)」なんて言葉が若者たちの間で流行して借金して投資して貧困に追い込まれる。まあ、それの対極ではあるが、じっくりと仕事を好きになりながら、働き続ける。

「本を書く」くらいの気持ちで勉強する(本を読む)というのも、こうやって単著のレビューを書いたり、それをまとめた文章をnoteにしたりということで実現できているかな。職業あっての読書趣味ということで、仕事があることに感謝。

・・・と、自己満足。それでいいのさ。

双調平家物語(8) 乱の巻(承前) 平治の巻

リアリスト藤原信西により歴史が加速

「双調平家物語」は途中で話が膨らんで、第五巻から始まった「保元の巻」だが、「保元の乱」が起こるのは第八巻。

自分の妻(待賢門院)と祖父(白河帝)の間の子を自分の子(崇徳帝)として帝位に付けざるを得なかった鳥羽帝(院)だが、白河院が死に鳥羽院政期になると露骨な崇徳いじめ。

崇徳を退位させ、自分と美福門院の間にできた近衛天皇に即位させ、鳥羽院(一院)と崇徳院(新院)のダブル院政(実権は鳥羽院)。

一番若い近衛天皇が先に死んだため、その後継として鳥羽院の子・後白河天皇が即位し緊張感が高まっていた。そこ鳥羽院が死去したために朝廷・後白河天皇 VS 新院・崇徳上皇という対立軸があった。

一方、摂関家藤原氏の中で、前関白藤原忠実・左大臣藤原頼長 VS 関白藤原忠通という後継者争いの対立軸があった。鳥羽院の死をきっかけに藤原忠通が藤原忠実・藤原頼長を追い落とそうと、天皇家の対立軸を利用して仕掛けたのが保元の乱

源氏や平氏は? 本来源氏は朝廷(天皇)付き、平家は院付きというイメージだったが、ダブル院政などで対立軸が輻輳しているため、源氏内部、平家内部でもどちらにつくかわかれる。

結局、後白河天皇の側近・藤原信西の実利・実戦主義と源義朝の武力で後白河天皇・藤原忠通側が勝利するが、リアリスト藤原信西により摂関家そのものが弱体化、さらには死刑の復活と、いよいよ 武者(むさ)の世へ突入。

第八巻は鳥羽上皇の死から保元の乱の終結まで。濃密な一年が一冊に。第五巻が240年くらいを扱っていたことを考えると、メリハリがすごい。

模倣の罠 自由主義の没落

冷戦が終結して共産主義が自由主義に敗北。自由主義ワールドが世界的に広がっていくのか(いわゆる「歴史の終わり」)と思ったが、そうはならなかったのは、現在(いま)を生きる我々がもっとも切実に感じるところ。

  • 一旦は自由主義に向かった中欧・東欧、さらには西欧の一部にまで権威主義的ポピュリズム、あるいはナショナリズムがひろがってきたのはなぜ?
  • ロシアの民主化が今のプーチン政権とどうつながる?
  • トランプや習近平はどう関わる?

多くの疑問の答えになるかもしれない本。非常におもしろいが重層的すぎて、すぐにはうまくまとめられない。ネット記事を追うことで理解は深まるかも。訳文が硬いので最初は違和感があるがそのうち慣れる。

第1章 模倣者の精神「中東欧:西欧模倣への不満からのナショナリズム・ポピュリズムの時代」

第2章 報復としての模倣では「ロシア」。ロシアは自由主義ー民主主義をやってるふり(模倣)をしてなんとか危機の時代をやり過ごし、逆に自由主義国のやり口(ユーゴやイラクなど)を模倣して、グルジアやクリミアそしてウクライナへ。

第3章 強奪としての模倣では「トランプ」。自由主義陣営の大統領トランプが東欧やロシアの権威主義的ポピュリズムを模倣!?

終章 ある時代の終わりでは「中国」。イデオロギー論争からは離れて、自由主義陣営からの盗用で巨大化。強権政治と自由経済のミクスチャー。

ラストから引用(強調筆者)

自己を隔離しながらも世界に対して自己主張する中国の台頭は、冷戦での西洋の勝利が意味したのは共産主義の敗北だけではなく、啓蒙思想に基づく自由主義そのものの大きな後退だったという深い教訓を与えている。自由主義は政治的、知的、経済的競争を賞賛するイデオロギーであり、競争相手を失ったことで致命的に弱体化してしまった。(P295)

「模倣の時代」の終わりは、・・・・多元的で競争的な世界への回帰である。そこには、自国の価値体系を全世界に広めようとする軍事的、経済的な権力の中心は存在しない。そのような国際秩序には、決して前例がないわけではない。「世界史の主要な特徴は文化的、組織的、イデオロギー的に多様であることで、同質性ではない」からだ。この観察が連想させるのは、「模倣の時代」の終わりは不幸な歴史的例外の終わりだということである。(P296)

「模倣の時代」の終わりが悲劇をもたらすのか、あるいは希望をもたらすのかは、自由主義者が冷戦後の経験をいかに理解するのかにかかっていると信じている。私たちは、世界を支配する自由主義の秩序が失われたことを永久に嘆くことができる。あるいは、様々な政治的選択肢が不断に競い合う世界への回帰を祝福することもできる。非難を受けた自由主義が、世界を支配するという非現実的で自滅的な野心から立ち直り、二一世紀にももっともふさわしい政治的理想であり続けていることをはっきりと理解しながら。

私たちは、嘆くことではなく、祝福することを選択する。(P297)

下記の書評がよくまとまっている。日本を振り返れば、そもそも権威主義的で1945年の敗戦以来自由主義を模倣したり盗用したりしているのではないか・・・と私は思う。

文学部唯野教授(単行本+Audible)

Audibleで過去の記憶がよみがえり、最後は本を読む

聞き放題のAudibleでウォーキングしながら聴いていたら、文学理論の講義の部分が面白くなって書棚の本を取り出して読み返すことになった。

大学文学部ってこんなところ、というスラプスティックなパロディをベースに唯野教授が毎週非常勤講師として他大学で行う文学理論のかなり真面目な講義を組み合わせて、笑いながら文学理論を学べるというしかけ。

1990年の出版なので32年前。意外に色あせていない。唯野は講義の最後にこの先確立したい文学理論として「虚構理論」と言っているが2018年に刊行されたKAWADE夢ムック「文藝別冊 総特集 筒井康隆」に「文学部唯野教授の虚構理論」という講演が収録されている(理論そのものが明確化されているわけではない)。

 筒井康隆氏も米寿だ。作家も読者も歳をとる。昭和58年~60年に刊行された筒井康隆全集全24巻を電子化して持っているのだが、次に読む日が来るのは・・・

本の雑誌 2022年6月号 結句、西村賢太

西村賢太 追悼号。連載中に死去した西村賢太と坪内祐三について

西村賢太(1967年7月12日~2022年2月5日)2月の突然の訃報から3か月、本の雑誌6月号は「特集 結句、西村賢太」がほぼ100ページと追悼号。

西村賢太は「一私小説書きの日乗」というタイトルの日記を本の雑誌に連載しており、3月号の1月7日分が最後。年末の12月29日から小田原、30日熱海、31日大阪、新年になって3日再び小田原と飲酒しながらのあてどなき旅。そして7日に能登七尾で藤澤清造の月命日の法要。・・・ここで日記が終わる。何か心の欠落を埋めるかのような活動量と飲酒量。コロナの冬に過飲酒と過活動の先に死・・・。

一方、坪内祐三(1958年5月8日~2020年1月13日)。2年前に死去した坪内祐三も、同じように本の雑誌に「坪内祐三の読書日記」を連載していた。死去する20日ほど前の最後の日記にはいつもどおり古本屋巡り・・・。1月13日に死去。本の雑誌、2020年4月号が追悼号「さよなら坪内祐三」である。

西村賢太の2020年3月16日分には「ユリイカ」に坪内祐三の追悼文を書いたとある。

何年ものあいだ折に触れ読んできた二人が相次いで亡くなり、それが本の雑誌の上でシンクロして、なんとも切ないけれどーこれが人生か。