El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

がんを瞬時に破壊する光免疫療法

これ一冊でわかる!光免疫療法

このところ、がんの新しい治療法としてよく耳にする光免疫療法。治療施設も神戸大を皮切りに続々と増えていっているようだ。ネットで検索すれば概要はわかるのだが、そのエッセンスを開発者である小林久隆先生自らがコンパクトにまとめてくれた一冊が本書。とりあえず読んでおきたい。

小林先生は灘高(ちなみにわが家から徒歩5分)から京大医学部の出身、高校時代から化学がものすごく得意だったらしく、光免疫療法にはその化学的ノウハウがつまっている。

EGFRやHER2と呼ばれるがん細胞に特異的に存在するタンパク質があり、がん特異抗原ともよばれる。これまでにも、抗がん剤を選択するときにそのがんがどの特異抗原を持っているかを採取したがん組織から調べるという話は以前からあり、その検査のために抗EGFR抗体や抗HER2抗体が開発され試薬として使われてる。光免疫療法はそうした抗体を使う。

例えば、がん細胞表面にEGFRタンパクがあるとして、その患者に抗EGFR抗体を投与した場合、抗体はがん細胞に結合するがそのこと自体でがん細胞が破壊されることはない。がん細胞だけを破壊する一番いい方法は抗EGFR抗体にスイッチ付きの爆弾を仕込んで患者に投与し、体内のがん細胞に爆弾付きの抗EGFR抗体が結合し細胞膜にがっしりと組み込まれた状態を作り出し、そこで爆弾のスイッチをオンにしてそのがんの細胞膜を破壊することでがん細胞を殺すというわけ。

そんな都合のいい「スイッチ付き爆弾」の開発が光免疫療法のキーポイント。その爆弾は「IR700」という化合物。IR700はフタロシアニンという低分子化合物を側鎖で修飾したもので、側鎖のおかげで水溶性になっている。このIR700を抗EGFR抗体に化学的に結合させたものを投与すると、IR700付き抗EGFR抗体ががん細胞の細胞膜のEGFRと結合。そこで波長700ナノメーターの近赤外線を照射するとフタロシアニンが光に反応して側鎖がはずれる。すると、フタロシアニン自体が不溶性となり細胞膜が破壊される。つまり爆弾がフタロシアニンで側鎖というスイッチを組み込んだものがIR700で、スイッチを押す役目が近赤外線というわけ。これは、化学がすごくわかっていないと思いつかないしかけだ。

さらに、破壊されたがん細胞自身の成分が体内にある免疫を活性化して、連鎖反応的にがんの破壊がすすむ。さらにさらに、その免疫の活性化を阻害する細胞制御性T細胞(Treg)に対しては、事前にTregに対する抗体にIR700を組み込んだものを投与することでTregを抑え込むダブルの光免疫療法。

つまり、ある特定の細胞に特異的な細胞表面タンパクさえ同定できていれば、それに対する抗体を作り、IR700化した抗体を投与し近赤外線をあてるだけで、近赤外線があたった範囲のその特定の細胞だけ死滅させることができるという仕組み。免疫学と化学の絶妙な融合ですね。

 2012年に当時のオバマ大統領が一般教書演説で光免疫療法に言及したことや、日本とアメリカを行ったり来たりの研究生活、楽天三木谷社長の支援などなど周辺事情も興味深い。

2020年9月にIR700組み込み抗体である「アキャルックス」が世界に先駆けて日本で薬事承認され、いよいよ臨床の現場で使われるようになる。がん治療のまさに光明となるのか光免疫療法。注視したい。

(追記)例えばネットで「肺がん」と検索するとまさにあやしい代替療法のPRサイトが多数ヒットする。一般人にとっては、それらに紛れ込んでいる「怪しい免疫療法」と「光免疫療法」の区別がつくのだろうか。光文社新書で出版されたからといってにわかに信用することはためらわれる時代でもある。

 (memo)

 小林久隆 特設サイト | がんを瞬時に破壊する 光免疫療法 | 光文社新書 (kobunsha.com)

今日の一冊(151)『がんを瞬時に破壊する光免疫療法』 | 残る桜も 散る桜ー膵臓がん完治の記録 (cancer-survivor.jp)

がんを瞬時に破壊する 光免疫療法
身体にやさしい新治療が医療を変える
小林久隆/著

光免疫療法――人体に無害な近赤外線を照射してがん細胞を消滅させる、がんの新しい治療法が世界で注目を集めている。この治療法は2012年、アメリカ元大統領のバラク・オバマが一般教書演説で「米国の偉大な研究成果」と世界に誇ったことでも知られる。
2020年9月には、光免疫療法で使われる新薬「アキャルックス点滴静注」が世界に先駆けて日本で正式に薬事承認され、事業が本格化した。光免疫療法とはどのような治療法なのか。身体への負担は? 副作用は? 転移・再発の可能性は? アメリ国立衛生研究所の日本人開発者が、治療の詳細と特徴、これからの医療、そして「貧者のプライド」を初めて語る。

目次
まえがき
第1章 光免疫療法とは何か
第2章 IR700の発見
第3章 治験
第4章 化学への目覚め
第5章 変容するがん医療
終 章 医療の未来が変わる
あとがき

著者紹介
小林久隆(こばやしひさたか)
1961年、兵庫県西宮市生まれ。現在、NIH/NCI(アメリ国立衛生研究所・国立がん研究所)分子イメージングプログラム主任研究員として勤務。87年、京都大学医学部を卒業し、95年に京都大学大学院内科系核医学を専攻し修了、医学博士号取得。同年に渡米、NIH臨床研究センターフェローに。98年に帰国し、京都大学医学部助手を経て、2001年に再渡米、NIHのNCIにシニアフェローとして勤務、05年から現職に。11年、光免疫療法の論文が米医学誌『Nature Medicine』に掲載される。光免疫療法の研究・開発により14年にNIH長官賞、17年にNCI長官個人表彰を受賞。他に5回のNIH Tech Transfer Award等を受賞。