El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

続・私の本棚 (3)スマホに飲酒に医療用麻薬

医師も他人事でない、さまざまな依存症

 還暦過ぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのセカンドシーズン「続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学」です。

 第1回「アスベスト」、第2回「LGBT」に続く、第3回のテーマは「依存症」です。(ちなみにファースト・シーズン「私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を」はこちら

 ニコチン依存やアルコール依存に薬物依存といった物質依存に加えて、最近ではスマホ依存にギャンブル依存、セックス依存といった行為依存もクローズアップされてきました。多くは適量・適度を楽しめれば問題にならないのですが、脳の報酬系が麻痺して適量で止められない…そうなれば立派な依存症です。

 今回はその中でも、身近なスマホ依存、ステイホームで増えているアルコール依存、そして医療者として知っておきたいアメリカ医用麻薬依存を読み解いてみたいと思います。

スマホ依存の不安を精神科医が解説する1冊

 文章を手書きしていると、なんだか自分の書く漢字に自信がないなんてことありませんか?私はあります。あわててスマホやPCで漢字を確認することも。昔、カーナビが普及して道順を覚えなくなったときの感じと同じですね。

 途中のプロセスなんて考えもせず、ナビの指示通りにドライブするだけで目的地に着く。最初(数十年前)は違和感があったけれど、今はもうタクシー運転手もカーナビ頼りのことが多いです。

 スマホでも同じ現象が起こっています。それも運転のような特定の作業ではなく、字を書いたり、計算をしたり、記憶したり、そんな人間の知的で基本的な作業が損なわれているらしいです。

 ならば、物心ついた時からスマホがあったスマホ・ネイティブの子どもたちはどうなる、漢字が書けなくなるのではないか。そんなスマホに対する漠然とした不安を、スウェーデン精神科医が精神医学・脳科学の研究データや進化論を駆使して解説してくれる本、そのタイトルはズバリ「スマホ脳」。この本は売れているみたいですね。

 進化論的に言えば、人間は本質的に飢餓や外敵を避けて生き延びるように作られている。つまり、摂食することや、めくるめく周辺状況の変化をチェックすることで脳内の報酬系システムが作動し、ドーパミンやエンドルフィンが出て快感を得る――それが現代社会においては過剰摂食が肥満につながり、情報監視行為がスマホ依存につながるという進化論的理屈ですね――なんでも進化論を持ち出すのが流行でもあります。

 一方、人類の知恵は定住し安定した生活の中で、周辺環境に左右されず集中して考えたり学んだりすることで作られてきたのです。もちろん集中することで産み出された発見に対する喜びもあるにはありますよね。

 ところがやはり、より原始的な「めくるめく周辺状況の変化をチェックする」ほうが脳の喜びは大きいらしく、集中して学ぶ喜びより、スマホに依存してあふれる情報の海をただようことを選んでしまう。

 当然、集中力はなくなる。それでも作業記憶はできるが、それを固定化して長期記憶として脳に定着させることはできなくなる。スマホで何か調べても、写真を撮っても記憶に残らない…確かにそうですね。さらに睡眠への悪影響や、SNSによるストレスで心を病むケースも増えてくる(これは日本だけでなくスウェーデン含め世界中同じらしい)。

 で、どうしたらいいのか…スマホをできるだけ遠ざけるのが第一ですが、現実的ではありません。著者がすすめる、できそうな対抗策としては「運動」。適度な運動は知能的処理速度を回復させるらしいです。まあ、スマホを置いてウォーキングやジョギングをしましょうということですね。

 スマホ依存に進化論を持ち出すのは、私はちょっと屁理屈っぽいと思います。漢字やスペルを覚えないことはそのとおりかもしれませんが、スマホ依存の根本原因は他の依存症とも共通する「現代人の退屈」にあるのではないでしょうか。現代社会の退屈を安易に埋めてくれるのがスマホだったというシンプルな考えのほうが正しいようにも思えます。

ステイホームで増えるアルコール依存

 テレワークやステイホームのせいもあって、家で飲酒する機会が増えていますよね。ゴミ出しの日、ゴミ集積場に大量の缶酎ハイや缶ビールの空き缶を詰めた袋を見ることが増えました。夜のテレビもそういったアルコールのCMばかりです。知らない間にアルコール依存が増えているのではないでしょうか。

 もともと飲酒に寛容な日本社会、「酒は百薬の長で適量のアルコールはむしろ体にいい」という考えがあります。ところが数年前、アルコール摂取と寿命の関係について大規模試験の結果が発表されました。それによれば、明らかにアルコールは寿命にとって「百害あって一利なし」。一定量以上では確実に寿命の短縮につながるのです。

 40歳時点でのアルコール摂取量と平均余命の関係は、一週間でのアルコール摂取量100グラムまでを標準グループとしたとき、以下のようになります。

 Aグループ:週100~200グラムで6カ月の余命短縮
 Bグループ:週200~350グラムで1~2年の余命短縮
 Cグループ:週350グラム以上で4~5年の余命短縮

 「純アルコール重量=お酒の量(ml)×度数(%/100)×0.8(エタノールの比重)」ですので、
 ・ビール1缶(5%で350ml)=14g
 ・酎ハイ1缶(8%・500ml)=32g
 ・日本酒1合(15%・180ml)=22g
 ・ワイン1本(12%・750ml)=72g
 となります。ちなみに私は週100gくらいで、ぎりぎり標準グループです。

 みなさんはどうですか?まずは、自分の飲酒量をアルコール重量換算で計算してみてください。B、Cグループであればアルコール依存度はおそらくかなり高いはず、そんな人はぜひ次に紹介する本を読んでみてください。

アルコール依存の圧倒的なリアリティを漫画で

 今回最もオススメの本が、マンガ「だらしない夫じゃなくて依存症でした」(三森みさ)です。まさに、缶酎ハイのゴミ袋が冒頭近くに出てくるリアリティ!

 この本、マンガとはいえ、厚労省の依存症啓発事業の中で描かれ始めただけに、随所に圧倒的リアリティがあり、それに引き込まれて一気に最後まで読んでしまいます。

 アルコール依存だけでなく薬物依存やギャンブル依存の既往者も登場人物としてうまく取り入れながら、依存症治療の難しさ、そしてさらに周囲が、当人が、どう立ち向かっていくべきなのかが描かれています。

 当然、そこには作者の三森さんの経験も盛り込まれており、その経験談そのものも最終章(番外編)におさめられています。それゆえのリアリティであり、これがアルコール依存の現実であると二段仕掛けで腑に落ちるというわけです。

 依存症が脳の病気であるという認識(報酬系の脳回路の話もきちんと出てきます)、保健所など適切な機関への相談の仕方(ハードルをどう乗り越えるか)、自助グループの実際、スリップ(つい飲んでしまった!)への対応などなど…これらは文章で書かれたら、これほどすっきり頭にはいってこなかったでしょう。

 マンガは偉大です。ストロング系飲料(9%など高アルコール飲料)にはまっているなら、あるいはそんな家族がいるなら、取り返しがつかなくなる(失職・離婚・肝硬変・自殺などなど)前に読んでみることをおすすめします。

 依存症からの回復への道しるべというだけではなく、依存とは「心の穴」を埋める行為であることまで描かれていることもすばらしい。そうなると、ゲーム依存やスマホ依存も含めて依存症の根底にある「物質的には満たされたがゆえに現代人が生きがいを感じにくい=心に穴を持つ」というところまでつながっていきそうです。

鎮痛剤で依存症や過剰摂取死――アメリカの医用麻薬汚染

 最後に、オキシコンチンによるアメリカの医用麻薬汚染の現状を「DOPE SICK アメリカを蝕むオピオイド危機」という本で読み解いてみましょう。タイトルのDOPE SICKとは禁断症状という意味です。

 オキシコンチン(一般名オキシコドン)はアヘン系アルカロイドで、まさに麻薬です。ところが1990年頃から医療界にあった「痛みに対する治療をもっときちんとやろう!」という機運に合わせるように、溶けにくい基材で固めてゆっくりとしか吸収されないという工夫を施したオキシコンチンが鎮痛薬として認可・発売されました。

 薬を発売した薬品会社、パデュー・ファーマ社はそれまでも麻薬系の鎮痛薬(MSコンチンは日本でもおなじみです)が得意分野。これまで麻薬系の鎮痛剤は、依存性の問題から投与対象が、がんの末期患者などに限定されていましたが、パデュー・ファーマ社はオキシコドンを徐放錠とすることで依存性をなくしたというデータを根拠に(そのデータはかなりいい加減なものであったことは裁判などで明らかになりました)効能追加の認可申請を行いました。

 ロビーストなど政治的駆け引きもあったのでしょうが、ついには麻薬が普通の鎮痛剤として処方されるという事態が、21世紀を迎えようとするアメリカで起こりました。手術後の痛みや整形外科的な痛みにオキシコンチンが日常的に投与されるようになったのです。

 パデュー・ファーマ社はオキシコンチンを処方してくれる医師に接待攻勢をかけ、医師や歯科医師によりオキシコンチンが大量に処方されたのです。最近の出来事とは思えない、いやこれがまさに今のアメリカなのかも…。

 当然2010年頃から過剰摂取死や依存症が大問題になり、大きな裁判がいくつも起こされ、多額の和解金・賠償金がニュースになることも増えてきましたが、オキシコンチンであげた収益に比べれば和解金・賠償金は微々たるものらしいです。

 歌手のプリンスの急死や、大リーグ・エンジェルスの大谷翔平選手の同僚のピッチャーの急死にも、オキシコンチンを含む麻薬系鎮痛剤の摂取が関わっていると言われています。日本でもトヨタ初の女性役員として赴任してきた外国人女性が、オキシコンチンを持ち込もうとして警視庁に逮捕されるという事件がありました。オキシコンチンが家庭の常備薬のようになっているというアメリカのすごい状況がその背景にあるわけです。

日本もあぶない?還暦過ぎ医師が願うのは…

 DOPE SICKの197ページをご紹介します。

 「若者たちは、朝一番でアデロール(ADHDの薬で精神刺激作用あり)を飲み、午後にはスポーツによる怪我の痛み用にオピオイドオキシコンチン)を飲み、夜には眠るのを助けるためにザナックス(ベンゾ系睡眠導入剤)を、何の躊躇もなく服用していた。その多くは医師によって処方された薬だった。」

 …どうですか、そんなアメリカの大学生の一日。こんなことが21世紀になってのアメリカで現実問題として起こっていたのです。今のアメリカは明日の日本かもしれない。いや、アメリカの巷にあふれるオキシコンチンは、日本にも大量に持ち込まれている可能性も大きいと思います。

 この本を読んで、芸能人の急死のニュースを聞くと「過剰摂取なんじゃないの?」と思うようになってしまいました。医師と薬屋が麻薬をばらまく、なんともタガのはずれた社会がすぐそこまで来ているのかも…。

 なんて他人事みたいなことを言っていたら、なんとつい最近、2020年10月29日にオキシコンチンTR(徐放錠)に「がん以外の慢性疼痛」の適応追加が承認されたことを知り、驚きました。

 日本の医療者を信頼して…ということなのでしょうが、「DOPE SICK」を読んだ後では、まさにアメリカの後追いをしているよう思えて心配です。今のアメリカは、明日の日本かもしれない。

 通達によれば、依存や不正使用がおこらないように、医師は製造販売業者が提供するeラーニングを受講し、受講修了すると確認書が発行されることになっています。さらに薬剤師は患者から麻薬処方箋とともに確認書の提示を受けた上で調剤を行い、確認書の内容を説明の上、薬局で保管する…というのですが、この仕組みでうまくいくのかどうかは歴史が証明するのでしょうね。

 アメリカでは依存症が顕在化・事件化するのに10年ほどかかりました。10年後の日本が今のアメリカのような事態になっていないことを願わずにはいられません。

まとめと次回予告

 コロナ騒ぎも2年目に入りました。私は、ほぼ毎日ウォーキングしています。その間スマホはポケットの中にいれ音楽やオーディオ・ブックを聴いています。理屈はどうあれ、脳だけでなくサルコペニアの予防にもぜひ運動を!そしてアルコールは控えめに。

 さて次回のテーマは「COVID-19」です。とはいっても、診断や治療やワクチンの話ではなく、社会と感染症あるいはアフターコロナの社会がどうなるのといったテーマで「ドキュメント 感染症利権」・「感染症社会 アフターコロナの社会学」・「若者たちのニューノーマル Z世代、コロナ禍を生きる」の3冊を読み解いてみたいと思います。

 次回もご期待ください。