El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(34)抗生物質ハンター大村智先生の骨太人生

——抗生物質ハンター大村智先生の骨太人生—–

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「日本発の新薬」。

  製薬メーカーが引き起こした事件を何度か取り上げましたが、もちろん製薬そのものは社会にとって大切なもの。日本人研究者が開発した薬が世界的にヒットした例もたくさんあります。今回ガイドする「世界を救った日本の薬」では15人の研究者をとりあげ、それぞれの画期的新薬開発までの道筋をコンパクトにまとめてくれています。おりしも、オプジーボの本庶先生が2018年のノーベル賞を受賞されることになりました。オプジーボのことは何度か紹介したので、今回は「日本人が開発し人類に貢献した薬ベスト1」と言われ、2015年にノーベル賞を受賞した大村 智先生が発見した「イベルメクチン」を中心に取り上げます。そうはいうものの、わたしは不勉強ながら「イベルメクチン」をノーベル賞受賞まで知りませんでした。一緒に勉強しておきましょう。

  大村先生がイベルメクチンの前段階で発見したのは家畜用のエバーメクチン、家畜の腸管寄生虫のうち線虫類に効果が大きくほぼ100%駆除することができます。伊東の川奈ゴルフ場近くの土壌の中からみつかったそうです。その誘導体のイベルメクチンは1981年に製品化されました。家畜の腸内の寄生虫を駆除することで飼料効率が大幅にアップ(つまり、家畜がよく太る)します。その後、この薬は馬の寄生虫オンコセルカに感受性をしめしたことから近縁のヒトのオンコセルカ症にも効くことがわかりました。オンコセルカ症(河川盲目症)というのは熱帯の風土病で、死にはしないけれど失明する病気です。イベルメクチン以前には毎年1800万人が感染し77万人が失明していたそうです。イベルメクチンはメルク社・WHOのプロジェクトとして世界中で3億人に無償で投与されており、2025年にはこの世からオンコセルカ症が撲滅される予定だそうです。

  大村先生の略歴を転載しますと「大村智 北里大学名誉教授。1935年山梨県生まれ。山梨大学学芸学部自然科学科卒業後、都立墨田工業高校定時制の教員をしながら東京理科大大学院理学研究科修士課程を5年間で修了。その後、山梨大学工学部発酵生産学科(当時)の助手に採用され、1965年に社団法人北里研究所に入所。土壌に含まれる有用微生物から抗生物質を始めとする生理活性有機化合物を見出す新規探索系を確立し500種あまりの新規物質を発見した。」少し噛み砕くと、山梨の農家の生まれでわたしの父と同じ年(昭和10年生まれ)ですね。山梨で農業→醸造化学→生物有用物質化学→構造決定→抗生物質ハンターと苦労しながら歩を進め、ついには北里研究所のトップに。

  イベルメクチンはWHOプロジェクトの分は無償ですが世界中で家畜に使われるなどベストセラー&ロングセラーとなり発見者対価(20%)はこれまで200億円以上。その9割を北里研究所のために使い財政難だった研究所を再建し北里大学の分院(埼玉県北本市)をも開院しました。ちなみに残りの20億円は共同研究者に10億円そして残りが自分(とはいっても10億円・・!やはり薬というのは当たったらすごいんですね)。

  こんな感じで15人の研究者の事跡をたどることができるとともに、それぞれの先生への直接インタビューも収載されていて、それぞれの先生を身近に感じることができました。もちろん本庶佑先生をはじめとする「がん」に対する抗体医薬開発についても。またカナグリフロジン(SGLT2阻害薬)も日本人(野村純宏先生 田辺三菱製薬・北大薬学部出身)の発明なんですね。

  仕事がら薬のことは詳しいつもりでも、その薬がいかにして発見されたかはなかなか知る機会がありませんでしたが、本書で大村先生はじめみなさんの地道だけれど骨太の人生にふれることができました。この先、ノーベル賞の授賞式シーズンです。本庶先生の受賞をきっかけに手に取ってみるには最適の一冊でもあります。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2018年11月)