El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

推し、燃ゆ(Audible)

東横キッズになっていくの?

アイドルファンの応援行動が先鋭化して「おっかけ」なんて呼ばれた時代もあったが、今はそれらを含めたトータルな言葉が「推し」。若い女性のライフスタイルの一部に「推し活動(推し活)」はすっかり根を下ろしている。ダイソーあたりに行けば「推し活」グッズコーナーもある。

普通の子は「推し」を趣味の一つとして楽しんでいる。「学校活動」「部活」「バイト」と並列に「推し活」がある。まあ、それって昔からそうだったよね。

この小説の主人公(あかり)は、「推し活」以外はほとんどできない、そんな発達障害っぽい高校生。「推し活」に特化したサヴァン症候群みたいなものか。姉はまともっぽいが、父も母も普通ではない。死んだ祖母のエピソードも何か不穏な感じ。

昔だったら大家族の中でこんな「こまったちゃん」を抱え込んでどうにかこうにかしていたんだろうね。核家族では抱え込めずに主人公の孤絶は深まり、さらに「推し」へと。

その「推し」くんが、事件おこして炎上して、芸能界を引退して、主人公の「推し活」がダメになりそうな中で、どうする・・・というところで唐突に終わる。

東横キッズにでもなるのかな。そう考えると、東横キッズって、社会が不寛容になった結果として居場所のなくなった子たちなんだと理解。芥川賞の選考委員はそこまで読んで選んだのかも。

「推し活女子高生」にとっての「推し」、「コンビニ人間」にとってのコンビニ。不自由さを抱えた人たちの人生のものがたり。芥川賞も社会を反映する。

 

古寺行こう(1) 法隆寺 行ってみた

小学館「古寺行こう」を片手に法隆寺に行ってみて驚いた

驚きーその1:人が少ない! 金曜日平日だったせいもあるが、今の奈良は観光客がとても少ない。中国からの観光客が戻るまで、奈良・京都の旅は本当にベストなタイミングかもしれない。

驚きーその2:この小学館「古寺行こう 法隆寺」を開きながら、実物を見ていくとこれまでとは別物の旅になる! 法隆寺でいえば金堂や五重塔は開扉はされているものの内部の仏像などは金網越しでかなり離れたところからしか見ることができない。明かりも自然光だけなので暗い。ところがプロの撮影は特別なのだろう。「古寺行こう」の写真はすごい。邪魔な柱は消してある(?)。ちょうど夢殿の救世観音が春の特別開扉中だったが、見えるのはずっとむこう、それも二重の格子越し。「古寺行こう」の現物大の救世観音写真をみながら遠くに現物を見る。

言ってみれば、ドームコンサートでアーティストは芥子粒ほどの大きさにしか見えないのに巨大スクリーンに映しだされた映像でなんとなくコンサートに参加している感じがしてくるのと同じ原理。「古寺行こう」がなければ巨大スクリーンがない状態になり何を見てるのかもわからなかっただろう。「古寺行こう」があれば見どころも逃さない。

驚きーその3:法隆寺地区=斑鳩にはJRを使うべきだった! 

奈良へはいつもこの近鉄1dayチケットで出かけている。これで無理して斑鳩へは行けないことはないが奈良交通バスがかなり減便されていて時間はかかるし16時以降は奈良にもどる便がない。

近鉄奈良ーバスでJR奈良ーJR大和路線で法隆寺駅ーバスで法隆寺門前ー法隆寺・中宮寺・法輪寺・法起寺ー徒歩でJR大和小泉ーJR奈良ーバスで近鉄奈良というのがベストルートだと今回学んだ。JR運賃440円は余計にかかる。

奈良に戻って奈良町のchuinで疲れを癒します。

古寺行こう 全巻予約

全巻予約してしまった・・・

この春、刊行がはじまった講談社の「古寺行こう」隔週刊の古寺巡り。写真が撮り下ろしが多くなかなか良い。全巻予約で特典があり、勢いで書店に予約してしまった。すでに手元に「法隆寺」「東寺」「東大寺」「興福寺」の4冊がある。あちこち、ちらちら眺めている。この先1年半の間2週間ごとにお楽しみ。1冊770円(1,2巻のみ490円)。

ただし古寺というだけあって近畿圏以外の寺は40冊中5冊のようなので近畿圏在住でなければ実際に行ける寺は限られてくるかもしれない。

神戸に住むようになって月イチで奈良に日帰りひとり旅をやっている。神戸ー奈良は直通乗り換えなしで70分。外国人もいない今は落ち着いていてなかなかいい。お酒もうまい。

さみしいネコ

「定年後エッセー」で癒される

定年後の生活と意見や、平凡なサラリーマン(経団連の事務局にお勤めだったようだ)時代のあれこれの思い出を、柔らかに語る随想集。早川氏は1919年生まれで1979年定年で1991年没とあるので60歳定年後の12年間のおそらくは前半に書かれたものだろう。

たまたま私家版で199部作った「けむりのゆくえ」が日本エッセイスト・クラブ賞を得て、出版社が出版というはこびになり、20年ほど絶版になっていたものを故池内紀氏が関わって再編集復刊したものがみすず書房「さみしいネコ」(2005)。

それが2022年4月になって新装版としてふたたびみすず書房から出た・・ということで、言ってみれば私家版の定年随筆集が著者没後30年経ってまた復活という、大変長寿で、めでたい感じだ。池内氏も2019年に亡くなって、こうしてこの本が生き延びる。

30年の間に寿命は延び、定年も65歳や70歳という時代になっているので著者の定年後の日々は今の70歳くらいからの15年間くらいに相当するのだろう。

団塊世代の高齢化で定年後本のブームだが、どの本もどうにも慌ただしい感じなのは時代の流れか。お金はなくても超然としていたあの頃の定年後とどちらが幸せなんだろう。そんな感慨に浸れる不思議に長寿の定年後本。

エネルギーをめぐる旅 (Audible)

エネルギーから見たサピエンス全史

「エネルギー」版のサピエンス全史。「エネルギー」を軸におくことで、リアリティが高まり、かつ知らなかった内容も多いので、サピエンス全史よりも聴きごたえがあった。

エネルギー革命の歴史、エントロピー理論、散逸構造(これは面白い)、地球温暖化と取り上げるテーマは多い。

また、著者は日本石油ーJXのサラリーマンで仕事のかたわらこれだけの本を書かれたことには敬服。

へーっと思うような歴史や科学上の事実が多く、目から鱗。ただし、こうやってレビューを書こうとすると、聴いたものは意外に頭から抜けていくことに気づく。項目ごとに書けない。書こうとするなら聴きながらメモをとることが必要だろう。ウォーキングしながら聴いているのでそれはできない。

小説のAudibleではそんな感じがしなかった。紙版を読んでみたい。

ボクもたまには がんになる

三谷幸喜の前立腺がん経験記

「鎌倉殿の13人」の脚本家、三谷幸喜氏の前立腺がん闘病記。といっても、実際にがんを発見し治療していたのは「真田丸」の始めの頃らしいので5年ほど前。この本で、初めてそんな治療を受けていたことを公表したことになる。

実際に手術を担当した慈恵医大の穎川教授との対談形式で軽妙なタッチながらも、前立腺がんの疫学、スクリーニング、診断手技、治療法選択、手術後の変化、その後のフォローアップと順を追ってわかりやすく書かれている。

おそらく多数いるであろう「検診やドックでPSAの値が高くて前立腺がんの精密検査を受けるように言われた」・・という人にはかなり役立つ。

ただし、基本的な構成は10年ほど前に出た頴川先生の「あぁ、愛しの前立腺 男の不安から最先端がん治療まで」と同じであり、今回は患者代表が著名人の三谷氏ということで2匹目のドジョウという感はある。

レーガン元大統領や平成上皇の時もそうだったが「有名人がスクリーニング検査でひっかかってがんの治療を行い治癒した」という出来事が報道されると、そのスクリーニング検査を受ける人が爆発的に増えて、結果として実際にがんを発見される人も増えるのだが、その何倍も偽陽性で侵襲的な検査を受けることになる人も増えるので、両刃の剣でもある。

私の過去記事から引用すると「私(60代男性)の個人的ながん検診方針は、4年ごとに胃カメラと大腸ファイバー、それに肺から上腹部までのCTとPSA検査(これは正常値4以下ですが私は10を超えなければ生検は受けません)で必要十分だと思っています(あくまでも個人の意見です)。無駄な検査や過剰診断をできるだけ減らしながらも早期発見を見逃さないバランス!がん検診も漫然と言われるままに受けていてはいけない。」となる。

双調平家物語(5) 父子の巻・保元の巻

驚異の橋本流日本史 奈良時代末期から院政の直前まで

本巻は、奈良時代末期から平安盛期・藤原時代(摂関政治)の終焉まで。

前半三分の一は、なぜ全盛時代と思われたその時に藤原仲麻呂(恵美押勝)が乱をおこし自ら滅びてしまったのか。教科書には1-2行でしか触れていないこの事件を詳細を極めて叙述。

中盤三分の一は、孝謙女帝と道鏡のスキャンダル政治とその終焉(天平〇〇時代の終わり)。そして、皇統が替わり、井上内親王と不破内親王に藤原四家がからみながら、平城京廃都、そして桓武天皇は平安京へ。

後半三分の一は、藤原北家の摂関政治全盛の240年(810~1050年くらい)をコンパクトに、しかしポイントは本当によくわかる。しかし、240年間姻戚関係で天皇家を籠の鳥のように培養しつづけた藤原北家はある意味怖い。

そしてその全盛期に、ちょっとしたボタンの掛け違えから摂関家フリーの後三条天皇の誕生に至る過程が鮮やかに描かれる。後三条天皇の子、白河天皇となって院政時代に突入というところで次巻へー。

日本史は院政以降は武士の時代の面白さで理解できているような気がするが、それ以前は事実の年号順羅列で出来事の因果関係、人物の内面などまったくわからなかった。このシリーズの橋本治流解釈は充分腑に落ちた。

まあ大学で国史をやれば常識のことばかりなのかもしれないが、基本的には皇室のスッタモンダがメインなので、おそらく高校の教科書では自主規制が入っているのだろうと思ったり。

無邪気な頃の自分の日本史理解への反省のために4年前に書いたものをここに・・