El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

マゼラン船団 世界一周500年目の真実

内容は「フィリピン史からみた大航海時代」が正しい

セールス目的で「マゼラン」をタイトルに入れたのかな。実際はヨーロッパの大航海時代におけるフィリピンの歴史。ポルトガルとスペインによる大航海時代前半では、ポルトガルが東回りでアフリカ→インド→東南アジアと進出し、スペインは西回りでアメリカ大陸→太平洋→東南アジア。で、マゼランは南アメリカ最南端のマゼラン海峡を通過しフィリピンに到達しフィリピンはスペインの植民地になる。まあ、その後、フェリペ2世の名前からフィリピンと呼ばれるようになったわけだが。

しかし、そこには、すでに中国人もたくさんいたわけで、「領土」とか「植民地」という概念があったかなかったかの違い?最終的に「領土」「植民地」などという身勝手なコンセプトをもつ欧米人が世界制覇してしまったために、その果ての今がある・・というのがよくわかる。結局、世界史とは勝者の理屈でしかない。

世界で一番先に世界一周したのはマレー系の「エンリケ」だという話がおもしろい。マゼランが世界一周以前に、東回りでマレーに来た時に奴隷として買ったエンリケというマレー人が通訳としてマゼランの世界一周航海に同乗して西回りでフィリピンへ。それで世界一周したことになる。マゼラン自身もだが多くのスペイン人がフィリピンで死んでいる。

もうひとつ、メキシコのアカプルコとマニラの間をガレオン船で結ぶガレオン貿易の知識も新しかった。伊達政宗ー支倉常長はそこへの参入を目指したのか。知らないことはまだまだ多い。

だいぶ前に「クック太平洋探検(岩波文庫全6巻)」を読んでいて・・・ちょっとゴチャゴチャになっていた。クックはだいぶ後の話。