El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

リンパのふしぎ

分子生物学ネイティブではない世代の研究

例えば、血管系を表通りのメインルートとするなら、従業員用(関係者以外禁止)裏ルートがリンパ系という感じかな。タンパクや脂質、水分は通るが赤血球は通らないので酸素は少ない。リンパ球にとってはところどころにリンパ節という詰所があるエアシューターみたいな通路で、感染防御にとってはメインルート。

上腕の筋肉に注射したコロナワクチンが筋肉細胞に感染するのかと思っていたが、すぐにリンパ系に入っていくらしく、そこには巧妙なドラッグ・デリバリー・システム(DSS)上のしかけがあるようだ。本書ではリンパ系に親和性のある物質としてソナゾイドが挙げられ、それをDSSとしてつかったがんのリンパ節転移に対する化学療法については記載がある。

全体としては、リンパ系についての知識は増えたが、リンパのふしぎを解き明かすというよりは、72歳の著者が研究人生をかけてリンパのふしぎに取り組んできた、その研究一代記という趣き。自分が研究してきた部分はやたら細かいのだが、世間話みたいなエピソードも多い。そろそろ研究人生も終盤というところでしょうか、団塊世代で分子生物学ネイティブではない人にとっては研究人生そのものが途中で激変して大変だったかと思います。

m3で「まとめ記事」としてDr. ホンタナが紹介されました!

m3会員でないとアクセスできないと思います。同じ記事はこのブログにも転載していますのでそちらの記事リンクも併載します。ま、継続は力なり・・ということで。

 

m3.com | メンバーズメディア

このコーナーでは、メンバーズメディアでご活躍中の連載者の皆さんをお一人ずつご紹介します。

今回は、Dr.ホンタナさんからの発信をまとめてご紹介します。

Dr.ホンタナ
勤務医

元外科医 昭和の31年間で医者になり、平成の31年間は外科医として過ごし、令和と同時に臨床を離れました。本を読んだりジャズ(ダイアナ・クラールの大ファン)を聴いたり、プロ野球(九州時代からのライオンズファン)の追っかけをやってみたり。ペン・ネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで

メンバーズメディアでは、『続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学』を連載中です。

元外科医であるDr.ホンタナ先生が、これまでに読破されてきたさまざまな本を、毎回テーマに沿って3本程度ご紹介いただいているのが本連載です。

今回は、過去の連載である『私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を』も併せてご初回いたします。ぜひご覧ください。

連載:続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学

アスベスト問題、今読みたい医師推薦3冊

実は医師にも身近「LGBT」書籍で理解

スマホに飲酒に医療用麻薬 書籍で納得、依存症事情

日本のコロナ対策は正しい?医師が書籍から分析

日常診療の「やってはいけない」も証明!統計学べる一般書

 

連載:私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を

エクソシスト病、40年越しの解明

イマドキの産科・発生学に感動!

スマホネイティブ世代の医学教材は

反ワクチン運動、認識を変えた書籍

 

じつは微生物学の最先端がスゴイ

 

日米のがん啓蒙書読み比べ、治療にも格差

 

神の手に赤ひげ…時代を駆けた医師人生

 

コロナ禍の今読み直したいウイルス本3選

 

還暦医師も他人事でない認知症を巡る3冊

 

コロナ禍の今こそエイズ史を振り返る3冊

 

「士業の浮沈」医師の働き方を占う3冊

 

精神医学の歴史とドラマがわかる良書

 

以上、今回はDr.ホンタナさんからの発信を一挙にご紹介しました。
今後もメンバーズメディアでは注目の執筆者や連載の情報をご紹介してまいります。ご期待ください!

寿命遺伝子

シロウトには難しいし、面白くない

12の寿命に関わる遺伝子について、それぞれの研究のミニストーリーがある。線虫やショウジョウバエやマウスを使い、特定の遺伝子を欠落させて長寿化や短命化を測定し、候補遺伝子を絞り込んで、遺伝子のクローニング(配列の決定)からコードするタンパクを解明、そこから長寿分子的なメカニズムまで到達する。そういう寿命に関わる遺伝子の基礎研究の方法論が見えてくる。

線虫からage-1, daf-2, daf-16。ウェルナー症候群からwrn。特定の遺伝子を欠落させたノックアウトマウスの研究からigflr, rest。時計遺伝子研究からclk-1。ショウジョウバエ研究から酸化ストレスと関わるShc, methusela。酵母からは欠落させると短命になる sir-2そこから進んで、いわゆるカロリー制限で寿命が延びるというサーチュイン遺伝子。その代謝上の下流にあるのが tor。さらにampk・・と、都合12の寿命遺伝子(イタリックで表示)。

それぞれの研究には競争があり、ノーベル賞が出たりと、この分野も結構研究が盛んなんだなと感じる。しかし、一般人にとってはどれも似たり寄ったりの話でいささか退屈。さらに感じるのは、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」的なその手法、それからわかってきたところで生命の全体像からみればまだまだ「群盲象をなぜる」的な状態のような印象は(個人的には)否めませんね。

これまでの、人類の長寿化は主として衛生環境や栄養などの外部要因だったことを考えると、寿命とはもっと社会的な要素の方が強いのではないかと感じられる。

そうなると、ここに挙げられた12の遺伝子やそれが作るタンパクを研究する意義はどこまであるのだろうか。メカニズムの解明という意義はあるだろうが、それがわかったからと言って、ヒトの寿命がこれ以上伸びるのだろうか、いや伸びてどうする?

進化論的には長寿が求められているのか。長寿よりも多様性のほうが求められているのであれば・・・そもそも虚しい研究なのでは、なんて気持ちでは研究はできないことはよくわかりますが。

結局、長寿研究のうさんくささっていうのは遺伝子レベルになっても消えないのだ。それは、本能的に寿命を科学でいじることへの忌避感があるからなのかもしれない。

暗く聖なる夜(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ(9) 娘(マディ)の登場が救いに

前作でロス市警を退職したボッシュが自らかかわった未解決事件を、私人として警察官時代のコネをフル活用して解決する物語。しかし、冷静に考えると、ベースにある犯罪(強盗)にくらべて、その犯罪の露見を防ぐための犯罪(FBI殺し、警官殺し、ボッシュ襲撃)のリスクが大きすぎないか?

2003年の刊行なので9・11後のテロ対策と絡んでくる、というか絡めたために、さらに死者が増えていく。悪い奴の大半が死ぬか、死んだも同然となるが、かえって安易に殺害された女性たちのことを想うと何ともやりきれない。

最後にボッシュの娘(マディー)が初登場、これで少し救われた気分になれる。(ボッシュ53歳)

プーチンのユートピア

政治家・官僚(含む大統領)≒実業家≒マフィア

権力者や監督権限を持った者が、その権限を使ってとにかく自分に利益誘導しようという国がまさにプーチンのロシア。それって表立っては書きにくいことなんだろう。著者はモスクワのテレビ局でディレクターやインタビュアー的な仕事をする中でのエピソードという形でプーチンのロシアの諸相をリアリティ番組のように(いや、リアリティ番組のパロディなのでリアルそのもの?)伝えてくれる。

富豪の愛人になろうとする女たちとそのための学校。ソ連崩壊後、地方の秩序を保ったギャング(のち映画監督)。売春婦とテロリストの姉妹。政権批判のパロディ化で批判そのものを無毒化するという手法。カルト的コーチング集団。権力を利用した企業乗っ取り。新兵いじめ・殺し。国策事業で財産作り。財産作ったらロンドンに逃げて、逃げた先でもひと悶着。

もう、むちゃくちゃでんがな・・・。そのむちゃくちゃの事例の積み上げがじわっとプーチンのロシアの実像を結んでくれる。

ただ、これらむちゃくちゃのミニチュア版は日本にもあるよね「〇〇〇マスク」とか・・・

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シティ・オブ・ボーンズ

ハリー・ボッシュ シリーズ(8) 一本の骨から始まる哀切のLAエレジー

散歩の犬がくわえてきたきた一本の骨、20年前に埋められた子供。捜査の過程で引き起こされる死、家族の崩壊の物語。結局、みんながいなくなってしまうのか。クライム・サスペンスながらもボッシュの哀切がしみる。しんみりしました。

Amazon Prime の「BOSCH」シリーズ、シーズン1はこの「シティ・オブ・ボーンズ」と「エコー・パーク」を巧みに合体させたもの。「シティ・オブ・ボーンズ」部分はほぼ原作に近い形で進行するのだが・・・ドラマとは異なる意外な死、そしてボッシュの最後の決断と、原作シリーズではボッシュの大きな転機となる一冊。

ブックガイド(96)―新しいがん治療の光?―

真価が問われるのはこれから

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴24年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。コロナ禍の日々も500日を超えましたね。今回のテーマは最近耳にすることが増えた「がんの光免疫療法」です。

「光免疫療法」の開発者である小林久隆先生自身がコンパクトにまとめてくれた一冊「がんを瞬時に破壊する光免疫療法」を読んでみましょう。小林先生は灘高から京大医学部の出身、高校時代から化学がものすごく得意だったらしく、光免疫療法にはその化学的ノウハウがつまっています。

EGFRやHER2と呼ばれるがん細胞に特異的に存在するタンパク質があり「がん特異抗原」とよばれます。これまでにも抗がん剤を選択するときに採取したがん組織においてどんながん特異抗原を持っているかを調べる必要があり、その検査のために抗EGFR抗体や抗HER2抗体が開発され試薬として使われてきました。光免疫療法はそうしたがん特異抗原とそれに対する抗体を使います。

例えば、がん細胞表面にEGFRタンパクがある場合その患者に抗EGFR抗体を投与するとその抗体はがん細胞に結合します。ここでがん細胞だけを破壊する一番いい方法はその抗EGFR抗体にスイッチ付きの爆弾を仕込んで投与し、体内のがん細胞に爆弾付きの抗体が結合し細胞膜にがっしりと組み込まれたタイミングで爆弾のスイッチをオンにしてがん細胞だけが破壊されるようにすることです。

そんな都合のいい「スイッチ付き爆弾」の開発が光免疫療法のキーポイント。その爆弾は「IR700」という化合物。IR700はフタロシアニンという低分子化合物を側鎖で修飾したもので、側鎖のおかげで水溶性になっています。このIR700を抗EGFR抗体に化学的に結合させたものを投与すると、IR700付き抗EGFR抗体ががん細胞の細胞膜のEGFRと結合します。そこで波長700ナノメーターの近赤外線を照射するとフタロシアニンが光に反応して側鎖がはずれるのです。するとフタロシアニン自体が不溶性となることで細胞膜が壊れがん細胞が破壊されるのです。つまり、フタロシアニンという爆弾に側鎖というスイッチを組み込んだものがIR700であり、スイッチを押す役目が近赤外線というわけです。

EGFRに限らず、細胞に特異的な細胞表面タンパクさえ同定できていれば、それに対する抗体を作りIR700化した抗体を投与し近赤外線をあてるだけで近赤外線があたった範囲のその特定の細胞だけ死滅させることができるという仕組みなのです。免疫学と化学の絶妙な融合です。

2012年に当時のオバマ大統領が一般教書演説で光免疫療法に言及したことや、小林先生の日本とアメリカを行ったり来たりの研究生活、楽天の三木谷社長の支援などのサイドストーリーも面白い。2020年9月にIR700組み込み抗体である「アキャルックス」が世界に先駆けて日本で薬事承認され、いよいよ臨床の現場で使われるようになりました。がん治療のまさに光となるのか光免疫療法、要注目です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年9月)

*今回から書籍価格の表示が税込定価に変わりました。