El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

私の本棚(4)反ワクチン運動、認識を変えた書籍

還暦すぎのドクターが出会った一般向けの医学読み物の数々

 還暦すぎの元外科医ホンタナです。手術はとうの昔に引退しましたが、医師としての現役引退も近づいてきました。外来に追われ、手術に追われ、その日暮らしの30数年。気がつくと、自分が専門にしてきた分野以外については、いつの間にか門外漢になっていたのです。

 そこで、自分自身が今の医学にキャッチアップするため、良質な「一般人向けの医学もの書籍」を読んでいこうと決めました。この連載は、良質な「一般人向け医学もの書籍」を同世代の医師に紹介し、その面白さを共有したい!という思いから始めたブックレビューです。同年代の先生方ぜひ一緒に楽しみましょう。

 これまで、①「エクソシスト病、40年越しの解明」(神経免疫学)、②「イマドキの産科・発生学に感動!」(産科・発生学)、③「スマホネイティブ世代の医学教材は」(医学教育)と、多彩な分野の一般向け医学書を紹介してきました。

 今回は、最近再び語られ始めた、HPV(Human Papillomavirus)ワクチン問題を取りあげてみます。

「反ワクチン運動」に対する認識を大きく変えた3冊の一般書

 m3.comのWeb講演会などでも、HPVワクチンの接種勧奨が取り上げられることが増えてきました。講師の先生方の熱い思いが伝わってきます。にもかかわらず、なかなか接種が進まない状況は理性的に考えれば不思議な話です。

 皆さんご存じのように、2013年にHPVワクチンの定期接種が開始されるとすぐに、ワクチンの副反応で身体症状を訴える少女たちが出現し、薬害騒ぎが巻き起こりました。そして厚労省が「積極的な接種勧奨の一時差し控え」というよくわからない状態を作り出し、接種率は激減してなかなか回復しません。

 私はこの状況を少し前まで、「悪い偶然が重なった不幸な出来事」「マスコミに踊らされた極めて日本的な出来事」という目で見ていました。

 ところが今回紹介する3冊の本を読み、反ワクチン運動の本質に触れることですっかり認識が変わりました。この3冊で反ワクチン運動の本質を知ることはHPVワクチンの問題にとどまらず、最近の医師―患者関係の難しさを理解する上でも重要なことだと思うようになりました。

 1冊目に紹介するのは、日本の反HPVワクチン運動の流れを知るためにはこれしかない、「10万個の子宮」(村中璃子著)です

 2010年頃に発売されたHPVワクチンは、ワクチンでがんを予防できるという画期的なものでした。日本でも当初は70%の接種率で、子宮頸がんの大幅な減少という明るい未来が見えたはずだったのですが・・・。

 前述の薬害騒ぎ、さらに厚労省の「積極的な接種勧奨の一時差し控え」のため接種率は1%にまで落ちています。名古屋市の7万人の大規模調査で、被害者の会が副作用と言っている症状の発現はワクチンを接種していない少女にも同じくらい起こっているという統計的な事実があるにもかかわらずです。

 時系列的には、2013年3月に子宮頸がんワクチンの副作用で被害を受けたという被害者の会ができ、車椅子の少女たちが並んだ映像がマスコミを通して発信される中での「積極的な接種勧奨の一時差し控え」と続きました。それはまるで副作用被害が真実であると国が認めたかのようなイメージを世間に与えました。被害者の会は2016年に国とワクチンメーカーを提訴。この手の薬害裁判は10年ほどかかるのが普通のようです。

 日本では年間に子宮頸がんのため摘出される子宮が1万個、子宮頸がんでの死亡者が3千人です。これらはHPVワクチンが広く接種されれば防げるものです。裁判のための10年間のワクチン空白によって、10年間に摘出される子宮が10万個・・・というのが本書のタイトルの意味するところ。

 村中先生は、HPVワクチンに関するこれまでのさまざまな出来事を活写してくれています。おそらく反ワクチン派から相当な攻撃を受けているのでしょうが、それに正面から立ち向かう姿勢には強いパワーを感じます。あっという間に熱い本を読みおえた感じです。

 しかし、強烈な言葉の応酬になればなるほどアンチ派は納得することはありません・・・。現に、Amazonのレビューでも、90%の絶賛レビューと10%の全否定レビューが並んでいます。

 本書中にも紹介されている、WHOが2017年7月に出した声明(下記URL参照)の、最後のパラグラフが象徴的なので紹介しておきます。

 「子宮頸がんワクチンを適切に導入した国では若い女性の前がん病変が約50%減少したのとは対照的に、1995年から2005年で3.4%増加した日本の子宮頸がんの死亡率は、2005年から2015年には5.9%増加し、増加傾向は今後15歳から44歳で顕著になるだろう」
 参考URL:WHO/Safety update of HPV vaccines

反ワクチン運動は世界を席巻していた!

 2冊目では、世界の反ワクチン運動に目をむけてみます。そのためには「反ワクチン運動の真実 死に至る選択」(ポール・オフィット著)が必読です。本書の原著は2010年初版ですが、HPVワクチンの騒動を受けてでしょうか、2018年に日本語版が出版されました

 欧米の反ワクチン運動も次から次へと起こるのですが、なかでもエポック・メーキングな反ワクチン運動は1970年代のDPTワクチンと2000年代のMMRワクチン。DPTでもMMRでも、事件の基本的な構造は日本のHPVの場合とほとんど同じだということが、何とも人間のふるまいは世界共通だと考えさせられます。

 DPT(3種混合:ジフテリア破傷風・百日咳)ワクチンを例にとると、何万人の乳児を追跡調査すれば、ワクチン接種とは無関係に一定の確率で突然死や脳障害が発生することは自然なことです。

 しかし実際にわが子が悲劇に見舞われれば、その悲劇の原因を外に求めたいもの。ほとんどの乳児がDPTワクチンを接種されているのですから、ワクチン接種と発病の時間的連続を因果と混同し、ワクチン接種が突然死や脳傷害の原因だと思い込む(思い込みたい)ということが起こるのです。

 このときには「DPT―ワクチン・ルーレット」というタイトルの、テレビのドキュメンタリーが火をつけました。そこにはメディアの功名心もありました。メディアが火をつけた結果、大きな社会問題となり、医療訴訟が多発します。

 被害者=善、国・ワクチンメーカー=悪というわかりやすい図式は、陪審員制度のもとでは多額の賠償金支払いという結果を生み出します。挙句の果てに小児科医がワクチンの接種を控えたことにより、百日咳での死亡者数が急増しました。

 一方、DPTの反ワクチン運動から20年後の1998年には、MMR(麻疹・おたふくかぜ・風疹)ワクチンで自閉症になるという、今に続く反ワクチン運動が勃発。

 MMRワクチンと自閉症には何の関連もありませんが、ちょうどDSM-Vで自閉症と診断される幼児が増えてきていたこともあって、MMRワクチン接種年齢と自閉症が判明する年齢が近いため、自閉症児の親がワクチンの副作用だと言い始めたのです。

 それを後押しするような論文を書く医師も出現しました。結局その論文は、患者団体を有利にするために捏造されたものであるとわかり、その医師は免許をはく奪されました。これで一件落着・・・と思いきや、この医師は国や薬剤メーカーの陰謀の犠牲者として祭り上げられ、今でも反ワクチン運動のシンボル的人物となっています(ウェークフィールド事件)。

 そして、この運動はちょうどネットやSNSの時代と重なったため、ハリウッドスター(ジム・キャリーが活動家として有名)や政治家が、ブログやSNSでシロウト論争を繰り広げる事態に。騒動は今も落ち着いていません。

 功名心や経済的利益などのために反ワクチン側にたち、統計的にあいまい・虚偽の自説を発表し、裁判で証言する医師が存在するのも驚きですが、このような「証人業」を職業としている医師がいることも訴訟社会ならではです。

 ワクチンを打たなくても病気に罹らないことが多いのは、集団免疫により病気が抑えられているからです。ワクチンを打たない子供が増えると集団免疫は崩壊します。
 感染者の増加→ワクチン接種→感染の減少(集団免疫の達成)→反ワクチン運動→接種率の低下→集団免疫の崩壊→感染者の増加・・・という大きなサイクルがあり、その中ですでに反ワクチン運動が重要な要素となっているわけです。

反ワクチン運動の真実: 死に至る選択

反ワクチン運動の真実: 死に至る選択

 

「反ワクチン運動」の根底にある「反知性主義

 トランプ大統領の誕生やイギリスのブレグジットEU脱退)など、世界中・・・そして日本でも、「反知性主義」と呼ばれる動きが無視できないものになっています。反ワクチン運動は、この反知性主義的なムーブメントの代表例として取りあげられることも多いようです。いわく、「専門家づらした医者の言うことなんか信用できない!」というわけです。

 そこで、世界を覆いつつある、この反知性主義というトレンドの一つとして反ワクチン運動を考えることも大切です。それにぴったりの本が「専門知は、もういらないのか 無知礼賛と民主主義」(トム・ニコルズ著) です。

 「反知性主義」とは、わかりやすく言えば「知性を売り物にする、いわゆる専門家の意見だけが尊重される『知性主義』はエリート的で反民主的であり、信用ならない。このネットの時代では、検索やSNSなどで素人でも自分の意見を持つことができるのだから、われわれ素人の意見も、専門家の意見と同じように尊重されるべきだ」ということです。

 その分野で何十年も研鑽を積んできた専門家に対し、素人がGoogle検索からたった数十分で仕入れた情報をもとに意見を述べるという事態が現出しています。こうなると「事実」も相対的なものになってしまい、もはやばらばらな自己主張のぶつけ合いになってしまいます(まさにネットの世界はそうなりつつあります)。そして、都合の悪い事実はフェイクと切り捨てる。

 トム・ニコルズはこの「反知性主義」トレンドについて、大学教育のサービス業化による若者の知識レベルの低下、ネットによる知の浅薄化、商業主義メディアのミスリード、「反知性」を利用しようとする政治家などの理由を挙げて、アメリカの現状を分析してくれます。まったく同じことが日本でも進行中であることにびっくりします。

 そして日米を問わず、最大の専門家集団とも言えるのが医療関係者、特に医師であるわけです。本書はいかに世界中の医師が反知性主義ムーブメントに辟易しているかということを、さまざまに教えてくれます。その代表格が反ワクチン運動というわけです

 
専門知は、もういらないのか

専門知は、もういらないのか

 

 

まとめと次回予告

 反HPVも含めて反ワクチン運動は、単なるボタンの掛け違い的な誤解で生じたものではなく、その根底には反知性・反専門家ムーブメントが存在するのです。したがって、それを知性的・理性的な方法で教え諭そう、啓蒙しようとしても、逆に反発が強まることのほうが多いのです(まさに北風と太陽)。ですから、専門家が啓蒙することよりも効果的な手法として、ワクチンを接種しなかったために被害をうけた人や家族・遺族、あるいは人気YouTuberやブロガーのような専門家以外のインフルエンサーによるワクチン・プロモーションが有効となるのではないでしょうか。

 一方で、「反知性主義」そのものはこの先どうなるのか、という問いに対してはトム・ニコルズも「この問題の解決は、今のところ予測不可能な惨事、戦争か経済的大惨事」によるガラガラポンしかないと匙を投げています・・・うーむ、恐ろしいことです。

 さて次回は、細菌学の現在の姿を一般書から読み解いてみたいと思います。

 細菌の免疫機構の研究から、遺伝子編集の画期的な手法CRISPR-Cas9が発見されました。また、腸内細菌の変容が多くの疾患に関わっていることがわかってきています。

 古典的学問だと思っていた細菌学が分子生物学の手法によって大きく変わっているのです。そのおもしろさを一般書を通して同世代の先生方にお伝えしたいと思います。