El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(96)―新しいがん治療の光?―

真価が問われるのはこれから

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴24年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。コロナ禍の日々も500日を超えましたね。今回のテーマは最近耳にすることが増えた「がんの光免疫療法」です。

「光免疫療法」の開発者である小林久隆先生自身がコンパクトにまとめてくれた一冊「がんを瞬時に破壊する光免疫療法」を読んでみましょう。小林先生は灘高から京大医学部の出身、高校時代から化学がものすごく得意だったらしく、光免疫療法にはその化学的ノウハウがつまっています。

EGFRやHER2と呼ばれるがん細胞に特異的に存在するタンパク質があり「がん特異抗原」とよばれます。これまでにも抗がん剤を選択するときに採取したがん組織においてどんながん特異抗原を持っているかを調べる必要があり、その検査のために抗EGFR抗体や抗HER2抗体が開発され試薬として使われてきました。光免疫療法はそうしたがん特異抗原とそれに対する抗体を使います。

例えば、がん細胞表面にEGFRタンパクがある場合その患者に抗EGFR抗体を投与するとその抗体はがん細胞に結合します。ここでがん細胞だけを破壊する一番いい方法はその抗EGFR抗体にスイッチ付きの爆弾を仕込んで投与し、体内のがん細胞に爆弾付きの抗体が結合し細胞膜にがっしりと組み込まれたタイミングで爆弾のスイッチをオンにしてがん細胞だけが破壊されるようにすることです。

そんな都合のいい「スイッチ付き爆弾」の開発が光免疫療法のキーポイント。その爆弾は「IR700」という化合物。IR700はフタロシアニンという低分子化合物を側鎖で修飾したもので、側鎖のおかげで水溶性になっています。このIR700を抗EGFR抗体に化学的に結合させたものを投与すると、IR700付き抗EGFR抗体ががん細胞の細胞膜のEGFRと結合します。そこで波長700ナノメーターの近赤外線を照射するとフタロシアニンが光に反応して側鎖がはずれるのです。するとフタロシアニン自体が不溶性となることで細胞膜が壊れがん細胞が破壊されるのです。つまり、フタロシアニンという爆弾に側鎖というスイッチを組み込んだものがIR700であり、スイッチを押す役目が近赤外線というわけです。

EGFRに限らず、細胞に特異的な細胞表面タンパクさえ同定できていれば、それに対する抗体を作りIR700化した抗体を投与し近赤外線をあてるだけで近赤外線があたった範囲のその特定の細胞だけ死滅させることができるという仕組みなのです。免疫学と化学の絶妙な融合です。

2012年に当時のオバマ大統領が一般教書演説で光免疫療法に言及したことや、小林先生の日本とアメリカを行ったり来たりの研究生活、楽天の三木谷社長の支援などのサイドストーリーも面白い。2020年9月にIR700組み込み抗体である「アキャルックス」が世界に先駆けて日本で薬事承認され、いよいよ臨床の現場で使われるようになりました。がん治療のまさに光となるのか光免疫療法、要注目です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年9月)

*今回から書籍価格の表示が税込定価に変わりました。