El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

国宝 下 花道篇

たしかにAudibleで聴いた方がずっと楽しめる

国宝 下 花道篇

国宝 下 花道篇

  • 作者:吉田 修一
  • 発売日: 2019/12/13
  • メディア: Audible版
 

長崎のヤクザの息子が歌舞伎の女形として人間国宝(と同時に・・・)になる約50年のストーリーなので長い。Audibleでも上下で20時間近くなのでコロナ禍の日々、一日一時間のウォーキングで聴いても一カ月以上楽しむことができる。プロットがそこまで複雑ではないので聞き流すだけでも十分に楽しめる。さらに、語りが尾上菊之助ということで、途中の歌舞伎のセリフはもちろん歌舞伎のごとく、普通の会話もなかなか臨場感がある(長崎弁はちょっと違うが)。また、多くの歌舞伎の演目の解説も、これはもちろん作者の吉田修一が書いているのだろうが、読み上げもスムーズで耳に心地よい。

と、いうわけでAudibleで何を聴こうか迷ったら「国宝」をお薦めしたい。聴くのは読むよりは記憶に残りにくい気がしているので、あちこち思い出さないといけない本には適さない気がする。こういう一代記みたいなものが適しているのだろう。聴いている間は歌舞伎通になった気分だ。

サルガッソーの広い海

 「ジェイン・エア」120年後のオマージュ

1847年に出版された「ジェイン・エア」(シャーロット・ブロンテ)では、主役のジェインが家庭教師を勤めていたロチェスター家の主人への身分の差を越えた愛がテーマであるが、その主人には発狂して幽閉されている妻がいることも大きなモチーフ。ただ、あくまでもジェインというイギリス人の物語をイギリス人のシャーロットがあふれる才能で描いたもの。

さて、その120年後の1966年に出版された本書「サルガッソーの広い海」は、カリブ海域の島に入植したイギリス人の子孫アントワネットの物語。カリブ植民地生まれのイギリス人とは、例えばブラジル生まれの日系2世や満州国時代に満州に生まれた日本人にも共通する母国と生誕国の狭間をただよう存在。

「サルガッソーの広い海」はアントワネットの母と継父の時代から始まり、奴隷解放に揺れるカリブ海域の混沌の中、元奴隷の反乱・放火、弟の死、母の発狂と死という混乱。やがてアントワネットはカリブ海域で一旗揚げようとたくらむイギリス人貴族ロチェスター家の次男坊と結婚するが・・・不器用な愛、混血・黒人を含む特異な風土、ラム酒、秘薬などがからみあって次第に狂気へと追い込まれていく。

そしてついに、アントワネットはサルガッソーの広い海をジャマイカからイギリスへ、ロチェスターの屋敷に幽閉される。そう、そこで「ジェイン・エア」と接続する。

イギリス生まれではないイギリス人の作者のリース自身の人生も重ね合わせられ、アントワネットの悲劇のその先に・・・120年前に書かれた小説の舞台がつながっていく。

「ジェイン・エア」の前章として「サルガッソーの広い海」を読んでもよし、「サルガッソーの広い海」の続編として「ジェイン・エア」を読んでもよし。120年後のオマージュが二つの作品に相乗効果をもたらすという稀有な経験ができますよ。

第三の嘘 (悪童日記第3部)

 記憶のコラージュ

第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)

第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)

 

悪童日記」「ふたりの証拠」と物語を入れ子状態にし、何が真実かわからない・・ところに追い込まれて第三部「第三の嘘」へ入る。

これまでに起こった(とされている?)エピソードも話者が変わり、時が流れ、少しずつずれていく。何が本当のなのかわからない。同じエピソードも意味合いがずいぶんとちがってくる。

現実とはそういうものなのだろう。あの事件は何が原因だったのか、あの過去の時点であの決断をした理由はなんだったのか、50年の時が流れれば、今現在、目の前にある現実の強力さのために過去の記憶は薄暗がりのなかでぼんやりしてくる。そして人は生きていく・・・死んでいく。

ブックガイド(92)―理解のためには LGBTよりもSOGI―

 

LGBTとハラスメント (集英社新書)
 

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴24年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマはもう何度目かの「LGBT」。企業コンプライアンスもからみますので、きちんとした理解をしておきたいと思いちょっと堅いタイトルの本を選んでみました。

 ここ10年くらいの間にLGBTというワードが急にポピュラーになり、差別をなくそうという運動が活発になり、一方で差別的発言もあり、さらには差別的発言へのバッシング騒ぎもありました。そもそもLGBTというワード、レズビアンとゲイとバイセクシュアルとトランスジェンダーの頭文字を連ねて性的マイノリティ全体を象徴しているということなのですが、それ自体がわかりにくいのも事実です。

 一方で、社会的認知がすすんだことでも診断書上の病名としてだけではなく、まさにお客さまや職場の同僚としても性的マイノリティの人たちと接する機会も増えてきています。

 この本は性的マイノリティとは何なのかをきわめてわかりやすく解説してくれます。ポイントは「性」について4つの軸で考えるということです。その4つとは
 ① 法律上(出生届上)の性
 ② 性自認(Gender Identity)自分の性をどう認識しているか
 ③ 性表現 社会的にどうふるまうか(服装・言葉など)
 ④ 性的指向 (Sexual Orientation)自分の性愛・恋愛感情がどの性に向かうか
 このうち最も重要なのが②の性自認(GI=Gender Identity)と④性的指向(SO=Sexual Orientation)です。性自認が法律上の性と同じであればシスジェンダー、逆であればトランスジェンダーとなります。一方、性的指向が法律上の性と同じであればホモセクシュアルで、逆であればヘテロセクシュアルとなります。GIとSOはまったく別の概念なのだという理解が大切です。

 性的マジョリティとはシスジェンダーヘテロセクシュアルということになります。性的マイノリティの人々もそれぞれ、例えばレズビアンとゲイはシスジェンダーホモセクシュアルということになります。レズビアンとゲイはGIについてはシスなので性自認で悩むということはありません。一方、トランスジェンダーは法律上の性と性自認が一致しないのですからその違和感・悩みが深く、性別適合手術を必要とすることもあります。つまり性別適合手術受けるのはほぼトランスジェンダーの人たちなのだということが理解できます。

 このようにGIとSO(二つ合わせてSOGIソジという)にわけて考えるとすっきり理解できますよね。すでにパワハラ防止指針において明確に「相手の性的指向性自認に関する侮辱的な言動」や「労働者の性的指向性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に曝露すること(アウティング)」はパワハラに該当することが明示されています。SOGIについてのパワハラということでSOGIハラとよぶらしいです。

 LGBTについての社会的認知がすすんできて、とくにトランスジェンダーの人が性別変更手術を受け性別を変更することが増えています。それは、急に増えたというのではなく、社会の中で認知されずにいたものが認知されてきた結果と考えられます。そして社会に一定の割合で性的マイノリティが存在することを普通のことだと考えるべき時代になっているのです。SOGIを理解して、SOGIハラをしない・させないということですね。本書後半はたくさんの事例集になっていますので一通り読むと理解がさらに深まります。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年5月)。

ふたりの証拠(悪童日記第2部)

 常にそれまでを包含していく不思議な物語(ネタバレ少し)

ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)

ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)

 

悪童日記で逃げたクラウスと残ったリュカ。そのリュカの戦後の物語が25歳(マティアスの死)の時点まで小説風に描かれる。それは戦後の共産党独裁からハンガリー動乱の時代を思わせる。

そして最終章、話は50歳の時点にとび、そこには旅行客として現れたクラウスがいる。リュカは30歳の時点でヤスミーヌ(マティアスの母)を殺していたことが発覚し行方不明になっていた。・・・・

ところが最後に附された調書からは、それまで展開してきた8章からなる小説こそがクラウスという旅行者=今は違法滞在者によって書かれたと・・・・

悪童日記がリュカの物語に包含され、リュカの物語がクラウスの物語に包含され、読者はクラクラした頭になって第3部「第三の嘘」へと誘われる。

悪童日記

人生いたることろブラッド・ランドあり

悪童日記

悪童日記

 

ヒトラースターリンの二つの狂気の波が行ったり来たりして夥しい悲劇が起こった地域ブラッド・ランド(いわゆる東部戦線地域)を生きる子供が書いた62の日記風断章。歴史家が俯瞰的にみた歴史ではなく、その悲劇をそのど真ん中で子供の目で見たらこんな風に見える。

そしてこの日記というスタイルが逆説的に、この悲劇がいつでもどこでも起こりえる普遍的なものだという感覚を呼び覚ます。満州で朝鮮で中国でベトナムアフガニスタンで・・・。

著者は悪童の双子とほぼ同じ時期・場所で少女期を過ごしておりある意味自伝でもある。「ふたりの証拠」「第三の嘘」と続く三部作にすすまずにはいられない。

現代世界の十大小説

 ステイ・ホーム&緊急事態宣言のGWに・・

現代世界の十大小説 (NHK出版新書)

現代世界の十大小説 (NHK出版新書)

  • 作者:池澤 夏樹
  • 発売日: 2014/12/09
  • メディア: 新書
 

コロナ禍2年目のGWに出かけることもできないので、この本に取り上げられた十大小説を読んでみようかと・・・中身を改めてリストアップ

  1. 「百年の孤独」ガブリエル・ガルシア=マルケス(新潮社 既読 PDFあり)
  2. 「悪童日記」アゴタ・クリストフ(早川epi文庫)
  3. 「マイトレイ」ミルチャ・エリアーデ
  4. 「サルガッソーの広い海」ジーン・リース
  5. 「フライデーあるいは太平洋の冥界」ミシェル・トゥルニエ
  6. 「老いぼれグリンゴ」カルロス・フェンテス
  7. 「クーデタ」ジョン・アップダイク
  8. 「アメリカの鳥」メアリー・マッカーシー
  9. 「戦争の悲しみ」バオ・ニン
  10. 「苦海浄土」石牟礼道子(部分既読)

緊急事態宣言下だが今回は図書館は開いているようだ。①はもう読まないとして①②以外は池澤編集の世界文学全集(河出)に入っているので予約して借りて読めばいい。とりあえず④⑤を予約し②は直接借りてくることに。