El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

サルガッソーの広い海

 「ジェイン・エア」120年後のオマージュ

1847年に出版された「ジェイン・エア」(シャーロット・ブロンテ)では、主役のジェインが家庭教師を勤めていたロチェスター家の主人への身分の差を越えた愛がテーマであるが、その主人には発狂して幽閉されている妻がいることも大きなモチーフ。ただ、あくまでもジェインというイギリス人の物語をイギリス人のシャーロットがあふれる才能で描いたもの。

さて、その120年後の1966年に出版された本書「サルガッソーの広い海」は、カリブ海域の島に入植したイギリス人の子孫アントワネットの物語。カリブ植民地生まれのイギリス人とは、例えばブラジル生まれの日系2世や満州国時代に満州に生まれた日本人にも共通する母国と生誕国の狭間をただよう存在。

「サルガッソーの広い海」はアントワネットの母と継父の時代から始まり、奴隷解放に揺れるカリブ海域の混沌の中、元奴隷の反乱・放火、弟の死、母の発狂と死という混乱。やがてアントワネットはカリブ海域で一旗揚げようとたくらむイギリス人貴族ロチェスター家の次男坊と結婚するが・・・不器用な愛、混血・黒人を含む特異な風土、ラム酒、秘薬などがからみあって次第に狂気へと追い込まれていく。

そしてついに、アントワネットはサルガッソーの広い海をジャマイカからイギリスへ、ロチェスターの屋敷に幽閉される。そう、そこで「ジェイン・エア」と接続する。

イギリス生まれではないイギリス人の作者のリース自身の人生も重ね合わせられ、アントワネットの悲劇のその先に・・・120年前に書かれた小説の舞台がつながっていく。

「ジェイン・エア」の前章として「サルガッソーの広い海」を読んでもよし、「サルガッソーの広い海」の続編として「ジェイン・エア」を読んでもよし。120年後のオマージュが二つの作品に相乗効果をもたらすという稀有な経験ができますよ。