精神医療ミステリー
「二転三転では終わらない」とあるが、いったいどうなっていくのか・・・暑さを忘れて読もうと、読み始めたのは半月前。なんせ文庫で680ページもあって、半分ほどまでなかなか話がすすまない。このまま読まずに終わってしまうのかと心配していたが、半分のところでアンナ・Oがついに目覚めて、そこからは怒涛の展開。後半はなんと2日ほとでゴール。
読み終わってみれば、最近耳にすることの増えた新しい概念の精神疾患がちばめられた、きわめて医学的読み物でもありました。とくにコロナ禍以降耳にすることが増えた疾患群ーその代表が「FND(機能性神経障害)」。子宮頸がんワクチンの副反応、あるいはコロナワクチン接種後の後遺症(倦怠感、けいれん、歩行困難など)との関連で、ニュースやSNSでもちらほら話題に。
医師の間でも、「器質的な異常が見つからないのに、明らかな運動障害や意識変容がある」――そんな現象を説明する疾患概念としてFNDが浸透しつつあります。実際には「仮病とどう違うの?」「本人は本当に困っているの?」と、誤解や偏見も根強いのが現状です。
『眠れるアンナ・O』は、まさにそんな「脳と心のはざま」で起こる症状を描いた一冊。昏睡状態が4年続いている少女アンナ。彼女は殺人容疑者でもあるのに、“目覚めない”ことで責任を免れている――そう見えることが、この物語の出発点です。
彼女の診断は「生存放棄症候群」。検査では異常なし。でも目覚めない。
この設定は、FNDのような「器質的異常はないが、症状は明確にある」病態を思わせます。しかも彼女の状態は、仮病とも違い、どこか“意志”や“社会への反応”のようにも見えてくるのです。
本作の読みどころは、「眠り=逃避なのか、それとも病なのか?」という問いが、司法・医療・倫理の境界線上で描かれているところ。症状を「演技」や「責任逃れ」と切って捨てるのではなく、わからなさごと受け止める――そんな現代的な“まなざし”が試されている気がします。
と、書くとめんどくさそうな話に思えるかもしれませんが、二転三転と犯人像が変転していく展開の中、一気にゴール!(ネタばれなしではこれくらいしか書けない・・)
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じつは、仕事の上で「神経内科と精神科」を渡り歩くハザマのような症例を抱えて何重していたのですが、この本で出合ったFNDを持ち込むことでスッキリしました。すすまない仕事を逃れて読んでいた娯楽本の中に答えがあった。不思議な巡り合わせにビックリです。