El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ヴァロットン 黒と白

8年ぶり2度目のヴァロットン展に行く前に

展覧会の図録も普通の出版社が出す時代になったのか、丸の内の三菱一号館美術館で開催中の「ヴァロットン 黒と白」展の図録が筑摩書房から出版され神戸の書店でも入手できた。展覧会の会期は1月29日までで、27-28日に東京に行く機会があるのでラス前の28日に行けることになり予習をかねて一通り目を通した。

ヴァロットン展は8年前の2015年3月に同じ三菱一号館美術館で観ている。その頃は東京在住でこの美術館の年間会員だったし、職場も美術館のすぐそばだったので3-4回は通った。その時はヴァロットンの油彩が多かったが、今回はヴァロットンが多くのファンをひきつける木版画がメインということで期待は大きい。

30部しか刷られなかった10枚連作(+1)の「アンティミテ」の第4号をこの美術館が収蔵しており10枚セットのポストカードがショップで買えるのもうれしい。会期終盤近くなので在庫があるのかが不安ではある。

8年前の図録も見直してみた。少し皮肉が効いて、なおかつシンプルな絵が好きだ。

 

忘れる脳力

記憶と忘却のメカニズムーけっこうためになる!

怪しい脳科学本と思ってしまいそうなタイトルだが、千葉大の脳外科の教授で脳の基礎研究の実績も十分な岩立康男先生が「脳の記憶と忘却のメカニズム」最新の知見を新書一冊でやさしく解き明かしてくれる。

1.記憶と忘却のメカニズム

短期記憶は海馬で作られ、その中から重要なもの(何度も想起されたり、情動をともなうもの)は大脳皮質に保存される。記憶が作られるとか保存されるメカニズムはニューロンのシナプス(接合部)が新しくできるというわけではなく、シナプスの周辺構造がタンパク質によって特定のシナプス(群)の反応性が高まることで起きる。電気信号がシナプス周辺での化学物質信号に翻訳されるようなもの。このあたりは「つむじまがりの神経科学講義」でも紹介した。

海馬には大量の情報が流れてきて短期記憶されるわけだが、その中で本当に重要な情報は時間をかけてゆっくりと大脳皮質に移す。海馬に来た大量の新しい記憶のうち大脳皮質に移されなかった大半はそのまま忘れられていく。

海馬では新しい記憶が入ってくれば古い記憶は消えていくしくみになっている。記憶は化学物質信号(具体的には作られたタンパク質=アミノ酸の鎖の立体構造)により成り立っているので、忘却は、①時間がたてばこの構造が劣化して記憶が薄れる、②記憶のためのタンパク質を積極的に破壊するタンパク質(Rac1)の存在がある、などのメカニズムで起こる。いずれにせよタンパク質の構造変化で古いニューロンが退縮し消えていく、そのスペースに新生ニューロンが発生し次の記憶の担い手となる。つまり脳は海馬において積極的に「忘れる能力」を持っている。

また、海馬→大脳皮質へと記憶を移動させる神経回路そのものは幼少期に形成されるので小児期~10歳くらいまでの回路形成がその後の人格形成に大きな意味を持っている。その時期に育児を他人任せにせざるを得ない現在の労働環境は恐ろしい結果を産むかもしれない。

何に対して怒りを覚え、どんなことに喜びを感じるかといったことは、人生の在り方を大きく変える要素となる。だからこそ、10歳頃までにどんな経験をさせ、どんな思いをさせるか?という点が非常に重要になってくる。子どもがまだ小さいうちに、「人生はこんなに楽しいものだ」ということを刷り込んでしまおう。「自分の存在を皆が喜んでいるのだ」ということを脳の奥底にたたき込んでしまおう。その記憶は一生残り、人生最大の財産となるはずだ。

2.情動と記憶

強い恐怖や大きな喜び、悲しみ、そうした情動(情動は海馬に隣接した偏桃体で発生する)とリンクした記憶は、繰り返しの想起などを通して強化され大脳皮質に移行する。では「いやな記憶をどうやって消すか?」、考えなければいい、しかしどうしてもくよくよ考えてしまうもの。そんなときは逆説的だが、そのいやな感じ、不安感に一度どっぷりとつかって十分に落ち込む、落ち込んで何もやる気が起きず、ぼーっと過ごす時間は、そのことを記憶に残しにくくするそうだ。(このあたり難しい)

脳における集中系(集中して何かをやるときに働く部分)と分散系(ぼんやりしているときに働く部分)というものがあって、分散系優位の状態で記憶に残らないようにし、その後に別の何か新しいものに集中することで、情動から離れていく・・そんなイメージだ。情動に引きずられないように、いったんはクールダウン。

真実は「記憶の中」にあるのではなく、それを振り返っている「今の自分の気持ちの中」にあると言ってもいい。過去を悔やんでいる自分も、どんどん自動的に過去になっていく。嫌な記憶も含め、どんな記憶も必ず時間経過で薄れていくものである。・・・悪い記憶は忘れようとするのではなく、その出来事をまずはそのまま受け止めて、未来志向の解釈を加えたうえで「放っておく」ことが重要である。

忘れることは新しい記憶を獲得するために重要なプロセス。そして脳がきちんと忘れられるように、睡眠と運動・・・納得の結論。

ブックガイド(108)ージェネリックとインドー

ージェネリックとインドー  https://uuw.tokyo/book-guide/

新年明けましておめでとうございます。今年もブックガイドをよろしくお願いします。気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトです。

新年、第108回目のテーマは「インドのジェネリック薬」。ジェネリック医薬品については以前も「ジェネリック それは新薬と同じなのか?」でも読み解きましたが、国産のジェネリック薬を前提とした米国内あるいは日本国内での法規制にのっとった企業の競争がメインテーマでした。ところが、グローバル経済でインドや中国がジェネリック薬市場に本格的に参入いたことで予想もしない事態となりました。それを余すところなく描くのが今回の「ジェネリック医薬品の不都合な真実」です。
インドのジェネリック製薬業の歴史、その発端から興隆の道程、そして世界がそれを受け入れざるを得なかった訳、その後の残念な腐敗の過程、さらに、それでも世界がインドのジェネリック医薬品を使い続けなければならない訳…。膨大な調査を通して、これら全てが500ページ超の中に盛り込まれています。
ジェネリック医薬品の存在意義は、特許が切れた先発薬と同等の効果や安全性を持つ薬を安価で提供することです。それは、政府の医薬品審査機関の厳格な管理・監督のもと、ジェネリック医薬品メーカーが高い倫理観をもって、「先発医薬品と変わらない薬効・安全性の薬を製造しているはずだ」という「信頼」を前提として作られた制度です。つまり、ジェネリック医薬品は、そもそも先進国の企業倫理と法制度のもとで製造されることを想定した薬なのです。
しかし、グローバル経済の進展で、先進国とは異なる倫理観や社会制度をもつ国々が工業化し、世界の工場となっていきました。衣類や機械などを作っている間はそれでよかったとしても、「薬」を製造するとなるとどうでしょう。薬は外観で中身がわからないし、結果としての作用もすぐにはわからないものです。
そんな流れの中心にあるのがインド。インドにはガンディーの頃から独立の見返りとして、イギリスの依頼で第二次世界大戦中に戦士向けのキニーネなどを製造していたという歴史もあります。そして、20世紀後半、英語力と理系脳にすぐれる上層社会のインド人が続々と欧米の大学へ留学し、医学部や薬学部にもインド人が増えました。当然、欧米の製薬企業にもインド人がたくさん入ってきました。インドにもどった彼らは製薬会社を起業。彼らは、新薬開発はできませんが、既存薬を合成することには長けていました(いわゆるリバース・エンジニアリング)。 そして1970年、インディラ・ガンジーの時代に、「インド特許法」という独自の特許法ができました。「インド特許法」によって模倣薬を自由に作れることになったインド国内では、模倣薬が流通する時代が到来します。ただし、その時点ではインドは世界市場から締め出された状態でした。
インドの薬における大きな転機は、1980年代に起こったHIVの世界的流行です。欧米の製薬会社が超高価な価格で提供していた抗HIV薬を、インドは100分の1の価格で提供するという賭けに出ました。これが世界世論を動かし、インド製抗HIV薬が主にはアメリカの予算でアフリカ諸国に供給されることとなったのです。この出来事をきっかけに、インド製薬業界は世界的な薬品供給者として認められるようになりました。 そして21世紀、高騰する医療費に悩む先進諸国も、次第にインドの薬に門戸を開いていきます。もちろん、先進国並みの企業倫理と監督制度のもとで製造されることを前提に…。  そこに立ちふさがったのは、「ジュガール」というインド人の心性でした。ジュガールとはヒンディー語で「応急処置」という意味らしいのですが、転じて「その場しのぎでうまくいくならそれでOK!」、さらには「さまざまな規制をたとえ違法な方法でもくぐり抜けて目的を達成する才能」を意味します。インドでは、ジュガールがビジネスで成功する才能だと今でも考えられており、ジュガールに長けた人は尊敬の対象になっています。日本でも、「大富豪インド人のビリオネア思考」という、「ジュガール礼賛本」が出版されているほどです。
インドで作られたジェネリック医薬品をアメリカで使うには、FDAの認可、定期的な精度管理、工場の査察など、品質管理のための高いハードルがあり、そこにコストがかかります。ところが、ジュガールを使うと、でたらめな書類やその場しのぎの査察対策でFDAをごまかし、いい加減な品質管理でコストダウンすればよい…という具合になります。 本書のメインとなる実話では、アメリカで成功してインドにもどってきたインド人研究者が、インド製薬業界のジュガール体質に嫌気がさして内部告発。これを発端に、FDAやアメリカの司法とインドの製薬業界(さらにはインド政府)の間で、さまざまな法や駆け引きのバトルが繰り広げられます。
その研究者の事件は解決するのですが、アメリカの政府や消費者が財政的にジェネリックを求めていたため、インドのジェネリック医薬品が持つジュガール体質は温存されてしまいます。それどころか、FDAが規制を厳格化しインドからの薬剤の輸入が滞ると、アメリカ国内では薬剤が不足する事態に…。
新型コロナウイルス感染症もそうですが、先進国の生活環境や衛生状況や倫理観では起こりえなかったようなことが、グローバル経済によるモノの移動で、われわれの身近に突如出現しています。そして、それを避けることはむずかしくなっています。 中国のリアルな感染症やインドの低品質な薬剤が、直接われわれの健康に影響を及ぼす…。グローバル化の裏では、そのようなことが起こっているんですね。コロナ禍の今、なんとも底知れない不気味さを感じました。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年1月)

訃報 今野 浩氏(工学部ヒラノ教授) 2022年2月に逝去

工学部ヒラノ教授シリーズで理系の老後の指針を示してくれる一人だった今野浩氏が昨年2月に亡くなっていた。亡くなった後にもシリーズの新刊が出ていたこともあり、不覚にも死去を把握していなかった。彼の著書を原稿に引用していたところ編集者から教えられた(さすがに編集者は出てきた人物の生没は確認するらしい)。

特にここ数年はヒラノ教授の終活シリーズとなっていたので刊行されるたびに読んで「参考になる」とレビューしていたが、その最後の日々、死因などわからないままになってしまった。

わからないのに書くのも僭越ではあるが、長患いすることなくボケないうちに、彼のように唐突に死ぬ、そこを私も目指している。死は生のゴールではなく、生の突然の中断なのだから。  https://orsj.org/wp-content/corsj/or67-5/or67_5_226.pdf

合掌。

https://orsj.org/wp-content/corsj/or67-5/or67_5_226.pdf

菊帝悲歌 小説後鳥羽院

隠岐に流されてからの人生が味わい深い

後鳥羽上皇と言えば、まさに「鎌倉殿の13人」のラストで承久の変を起こし北条時宗・泰時に敗れ、かろうじて残っていた天皇家という権威に終止符を打った人物。一方で、ドラマでも描かれているが和歌に秀で、囲碁・双六・蹴鞠だけでなく弓・馬など武張ったこともそつなくこなすいわば万能の人だったようだ。

その後鳥羽上皇をこよなく愛した昭和の歌人・塚本邦雄が美文調で描き上げたのが「菊帝悲歌」。「鎌倉殿・・」の評判を受けて再刊されたのか。

ともかく美文です。古典文を少し読み下したような文章なのだけど、表現されていることはわかるものの、文章そのものに本歌取りが仕込んであるのだろうがそこまでは浅学な読者としてはわからない。吟味に吟味を重ねて書いているのだろうな、ということはわかる。

そして徹頭徹尾、後鳥羽院を中心に、その中でも新古今和歌集の編纂(誰のどの歌を入れてどの歌をはずすかなど)を巡っての院の歌の好き嫌い、人間の好き嫌い、行動様式の好き嫌い・・・周囲はそれに振り回され、定家は敬遠され。

万能感に溢れていたのだろうか、わがままがなし崩し的に鎌倉憎し、北条義時憎しになって、軽い気持ちで叩こうとしたら全く歯が立たなかった。で、いとも簡単に隠岐島に流されてしまう。

この上皇を鎌倉殿の御家人にすぎない北条義時が島流しにするというのは、昭和の陸軍がクーデターに成功したようなもので日本史におけるターニングポイントだとは思うが・・・そこは本書ではさらりと流す。

むしろ、後鳥羽院の隠岐での生活、都との人や物の往来、それらから知る定家の盛隆、そして北条義時の死、政子の死、という淡々とした時間の経過が描かれる最終章に癒されるー「諦めて生きれば生きられるもの」。物語はその後の後鳥羽を描かずに終わる。・・・どこまでも美文。

2022年のAudibleまとめ

こういうレポートがAmazonから届いた。

私がAudibleを聴いていた時間は、年間15,490分=258時間
1日あたり43分。これで月1500円がリーズナブルなのかどうかわからない。しかし、今はウォーキング時に必須なものになっているので、まんまとAmazonの戦略に乗ってしまったようだ。

聴いたのは「三体」三部作、平野啓一郎の小説あたり。

ルポ 副反応疑い死ーワクチン政策と薬害を問い直す

コロナワクチンの副反応死は「17万分の1」

新型コロナウイルスワクチンによる副反応は接種部位の痛み・発熱など多彩だが。いったいどれくらい発生し死亡例があるのかなど、コロナの感染状況の不透明さとはまた比べものにならないレベルではっきりしていない。

もちろん現在進行形の事態であるから行政が追いつかない部分はあるとしてもすでに3年に及び、日本国内だけでも累計3億回以上の接種が行われており、それなりの数の重篤な、あるいは死に至る副反応は出ている。そうした現状の理解のためにこの本を読んでみた。

副反応は医療機関から「副反応疑い報告制度」によってPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に伝えられ管轄する厚生労働省にあげられる。

有害事象とワクチン接種の因果関係について
否定できない(=認める)=α  認められない=β  評価不能=γ の3パターンに判定されるているが、これはワクチン接種のリスク・ベネフィットを出すためのもので、99%がγ判定となっている。実際の被害者救済に使われるためのものではなく、接種を勧奨する材料として使われている数字。重篤な副反応は、アナフィラキシー・血小板減少を伴う血栓症(TTS)・心筋炎ー心膜炎

2022年9月4日時点の数字は以下のようになっている。
副反応・・・34828件
  そのうち重篤例(死亡・障害・入院など)・・・7798件
  そのうち死亡・・・1854件
接種総数は3億1450万件(死亡/接種総数=0.0006%、17万件に1件の死亡発生で、これはインフルエンザワクチンの副反応での死亡発生の10倍程度)

救済制度はこれとは別にあり、予防接種健康被害救済制度というコロナに限らない予防接種全体の制度の中で扱われている。本人(死亡時は家族)が市町村窓口に補償を申請しなくてはならない。

2022年11月7日までに国が受け付けた救済申請
総件数            5013件
  そのうち死亡による一時金請求        418件
     そのうち審査された件数        19件
     認可 (=支払い)     10件
     残りは保留もしくは否認(多くは審査にたどりつけていいない)

副反応は起きるというのは前提。全体の利益のために接種をおこない、稀に起こる副反応被害は個別に国が補償するというしくみ。しかし、救済制度はまったく現状に追いついていない、というかワクチンをあれだけ勧奨している中で重篤な副反応の話なんかしたくない、というのがお役所的な発想だろうか。

ワクチン接種の可否は疫学的アプローチ=統計的に接種する利益が副反応の損失より大きいということだが、これは「社会全体にとって」の計算であって、副反応疑いで死亡した個人や遺族にとってはたまったものではない。つまり、有害事象の救済は個別的・病理学的アプローチであるべきはず。今はそこが混乱していて追いついていない。中日のピッチャー木下雄介氏の死も救済制度でははじかれている。

副反応疑い死亡1854件は、国内トータルで3億回以上の大量接種というプールに注いだ雨滴のようなものだろう。雨滴はプールに落ちればたたえられていた水と混ざり、見分けがつかなくなる。が、しかし、一つひとつの雨つぶにも死を避けられなかった生物学的必然性があり、何よりもそれぞれの人生が宿っている。因果関係は、個別に深く掘り下げなくてはならないはずだ。

「疫学的有意性だけでなく、個別の病理学的な特徴にもっと注目したほうがいいのではないか」「いや、情報が足りない。因果関係がないとも判断できないから評価不能だ」と押し問答がつづく。

因果関係認定三基準というのが種痘副反応裁判で確立しているが、そもそも裁判まで進んでいるケースが少ないのでまだまだ将来の話である。ポスト・コロナにこれらのことに決着がつけられなければならない。

  1. 当該症状がワクチンの副反応として起こりうることについて医学的合理性があること
  2. 当該症状がワクチンの接種から一定の合理的時期に発症していること
  3. 他原因によるものであると考えることが合理的な場合に当たらないこと

情報量は多いがまだまだ途中経過。この先、ワクチンを打ち続けるのかと言われたらもういいかなあ、と思ってはしまう。

山岡淳一郎氏は医療モノの調査報道・ライターとして信頼できると個人的には思っている。