El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ(いずみ)氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

続・私の本棚 (8)医師も深く関与する「少子化」

還暦過ぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのセカンドシーズン「続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学」です。第8回は「人口」、特に「少子化」にフォーカスを当ててみます。

医学とは直接の関係はないように見えますが、不妊治療や人工妊娠中絶といった医療を考えると、医師もけっして無縁ではありません。日本の、そして世界の少子化について読み解いてみましょう。(ちなみにファースト・シーズン「私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を」はこちら

ベビーブームから少子化まで ――医師も深く関わっていた

戦後のベビーブームで誕生した団塊世代が後期高齢者になりつつあります。ベビーブームから50年で少子化へと急反転したことになります。最初に紹介する本は「日本の少子化 百年の迷走」です。

著者の河合雅司氏といえばここ数年「未来の年表」シリーズがヒットしていますね。こちらのシリーズが日本の人口の将来予測をもとにした悲観的な未来論であるのに対して、今回紹介する本は「終戦からベビーブームの時代に、将来の人口爆発を予測して何が行われたか」という、つまり人口の過去を検証しています。

過去の出来事だけに、リアリティもあれば数々の証拠も掲げられています。私はこの本で長年の「団塊の世代を作った、あのベビーブームが急に終わったのはなぜ?」という疑問が氷解しました。

 ベビーブームの急停止にはいくつかの要素があります。当時は人口急増への対応として、避妊の国家的誘導など今とはまったく逆のドライブがかかっていました。戦争中・終戦直後の「産めよ、増やせよ」から「産むな、つくるな」への大転換です。

さらにそこに大きな影響を与えたのが「優生保護法改正による人工妊娠中絶の実質自由化」です。そこにはメシの種を探していた医師もけっこうからんでいます。当時は戦争末期に濫造した軍医が大挙して復員してきて、空前の医師過剰の時代だったんですね。

ベビーブームは産婦人科医ブームでもあったわけですが、産婦人科医はベビーブームの終息にも大きく関わっていたのです。ちなみに、現在でも年間の人工妊娠中絶数は15万件前後で、これは年間人口減少数の半分にあたります。

高度成長期の日本にとっては人口爆発こそが大問題であり、政治的、医学的にさまざまに介入した結果が今日の少子化をもたらしたとは、まさに歴史の皮肉です。

「少子化」を文化人が語る、方向性バラバラの議論がおもしろい

評論家の内田樹(うちだ たつる)氏のキレ味のいい文章が好きで、彼の書いた本を長年読んできました。

人口減少社会の未来について、いろいろな視点からの知見をまとめた本を編みたいという内田氏の呼びかけに、10人の論客がさまざまな視点・立場から人口減少を論じたのが、最近文庫化もされた、2冊目の「人口減少社会の未来学」です。

内田先生をあわせた11人の言っていることはバラバラという印象ですが、それこそがこの人口減少という問題が一定の結論のない、未体験の出来事だということの証左なのでしょう。十人十色の文章を通して、新しい知見を得ることもでき、少子化の論点がなんなのかもぼんやりとではありますが、見えてきます。

例えば、
 ● 少子化の原因は、既婚女性の出生数の減少ではなく、第一に晩婚化・未婚化であり、これは自由と発展の代償であること(平川克美)。

 ● 高齢化については、実際の負担は高齢者の比率ではなく高齢者の実数の問題であること、つまり、実は高齢化率が高くて人口が少ない地方よりも、多数の団塊世代を抱えている都市においてこそ今後の高齢者の介護負担が問題になること(藻谷浩介)。

 ● AIが単純労働を代替することにより頭脳資本主義の時代がくるが、日本では相変わらず無価値労働(労務管理や資料作り)に振り回されている労働者が多いこと(井上智洋)。

 ● 縮小社会肯定論を目にすることが増えてきたが、イギリスの実例から、縮小社会はやはりキツいこと。また、国家財政においては家計とちがい節約・借金返済は負の効果が大きいこと(ブレイディみかこ)。

 ● 1970年代の人口予測がものの見事に外れた結果が、約半世紀を経た現在の人口構成であることを考えれば、いまから半世紀後の2070年の人口予測がどうなるかわからない(小田嶋隆)。

…などなど、根底の人口減少傾向の持続に疑問を呈するレベルの話から、リフレ擁護論、AI、都市と地方…と、論点はさまざま。それぞれの文章は面白いのですが、それだけ議論の方向もバラバラだということがよくわかります。

人口減少について、識者の間での合意レベルがその程度なのだということが見えてきて、劇的な対策もなく減少していくのだろうなあと納得です。人口問題については、日本は今そういう暗中模索の中にあることを知る、そういう意味では貴重な一冊になっています。

明治維新時の人口が3,500万人、終戦時の人口が7,200万人だったことを考えると、人口急増の高度成長期こそが例外の時代だったということです。その例外の時代が持続するものと見誤って、社会に劇薬的な処置をしてしまったところに日本の少子化の遠因があるのです。

世界に拡大する少子高齢化
――インドやアフリカで起きていることは

ここまで日本の人口減少についての本を取り上げてきました。最後に取り上げる「2050年世界人口大減少」は、世界の人口がこれからどうなるのかを統計数値だけではなく、いわば人口大変動の現場に足をはこんでのフィールドワークで捉えた人口論、なかなか面白い本です。

人口を論じる本では、多くがいわゆる統計的な数字を使って話を進め人口の将来予測をしています。ここ何年間かの人口の増加率や減少率や出生率をもとにそのトレンドが続けば何年後にはこうなりますよという、いわば線形の予測です。

そのため、その予測には統計的な数値ではとらえきれない新しい現象は織り込まれていません。ところが、イノベーションが加速し世界の変化が矢継ぎ早におこるようになると、そうした統計的予測があっという間に陳腐なものとなりかねないのです。

たとえば1980年の予測には共産圏の崩壊が、1990年の予測にはネット社会の到来が、2000年の予測にはスマホの登場が、いずれも織り込まれていません。ところが現実にはそうした出来事が起こり、あっという間に世界を変えてしまいました。

 当然その結果として社会のありようも変わります。インドでもアフリカでも女性がスマホを持ち情報を交換する時代が突然やってきたのです。

それらの変化は人々の行動変容を引き起こし、結婚・妊娠・出産といった人口に関わる行動も大きく変化します。具体的には、都市化(人口の都市集中)と女性の教育水準の上昇は多くの国で出生率の減少を引き起こしています。ネットやスマホなど情報を得る手段が増えたことも、そうした現象を増幅します。

これまでの推計では人口爆発が懸念されてきたインドやアフリカですが、急激な出生率の低下はそんな推計をくつがえしつつあるのです。

著者らは統計数字ではわからない変化をインドやアフリカを含めた世界中でのインタビューなどフィールドワークで明らかにしていきます。グローバル化そして情報化した社会では、統計数字の予測を超えた加速度的な変化が起こるということですね。その結果として予測よりもずっと早く2050年頃には90億人をピークとして世界人口は減少に転じるのです。

本書のもう一つの論点は「移民」です。アメリカ、カナダのように移民を上手に国力の維持に使えている国の底堅さの一方で、日本のように歴史的・文化的に移民の受け入れがうまくやれない国の衰退は避けられないのかもしれません。

一時期、中国や東南アジアからの労働力移入が積極的になりそうな時期がありましたが、コロナ禍でどうなることか。そもそも、中国や東南アジアもすでに人口を維持できない出生率水準になりつつあるので、移民どころではなくなるのですが…。

この本で気づかされたのは「変化が加速度化する世界で旧態依然とした統計手法では真実を見誤ってしまう」ということです。変化が加速化し予測が難しい社会、コロナ禍で日々感じることでもあります。コロナでそれどころではないですが、日本の人口減少の出口もまた見えない…。

今の日本は人口オーナス期
――人口ボーナスを享受した世代の医師として思うこと

19世紀後半の産業革命の完成や近代医学の発展により文明化した国・社会では「多産多死社会から少産少子社会」へという「人口転換」がおこりました。乳幼児の栄養状態の改善がもっとも大きな要因です。人口転換以前は、子どもを10人産んで2、3人しか成人しないというのが普通だったのです。

ヨーロッパでは第一次大戦後1920年ごろまでには人口転換が完成したと考えられています。アジアをみると日本では団塊の世代の前後、つまり1950年頃に人口転換が起こり、韓国では朝鮮戦争後、中国では文化大革命後、とそれぞれ国の事情により少しずつずれて人口転換が起こっています。

人口転換の結果、少死により急に子どもが増え始め、さらにそこから10年ほどで急激に少産社会となっていきます。この多産多死→多産少死→少産少死という変化のなかで「多産少死」で生まれてきた世代がベビーブーマーということになります。

ブーマー世代そのものの出産行動は少産少死ですから、ブーマー世代が労働世代になって高齢化するまで(15 歳から60歳)の30-40年間は労働人口が非常に多く、子どもや高齢者などいわゆる従属人口が少ないという、特殊な人口構成の時代が出現します。

特に労働人口を従属人口で割った値が2以上(つまり2人の労働者で1人の子ども・高齢者を養育すればよい状況)の時期を人口ボーナスと呼び、この時期には社会に経済的余裕が生まれるため高度成長期となります。ということは奇跡ともいわれる戦後日本の経済成長は、その多くが人口ボーナスのおかげであったことがわかります。しかしボーナスのあとにはオーナス(負担増の時代)が待っています。ボーナスを支えたブーマーを誰が支えるのでしょうか。今の日本の少子高齢化問題はまさにこの「人口オーナス」を言い換えただけのことなのです。

日本の100年前からゆっくりと人口ボーナスからオーナスへと転換していったヨーロッパでは、イギリス・フランス・ドイツなどのように移民により外部から労働力を補充するやり方や、北欧各国のように女性の職業的自立と出産を社会制度として両立させるというやり方で時間をかけてオーナスを克服してきました。

今が人口ボーナスのピークにある中国も20~30年後には深刻な人口オーナスにあえぐようになると言われています。ヨーロッパにくらべてアジアは急激にボーナスへ突入したため、社会制度がオーナスに耐えられないという予測もあります。

これから成人してくる世代は、これまでの人生の全てを人口オーナス期で過ごしてきた若者です。彼らのために、われわれ人口ボーナスを享受した世代はヨーロッパが成し遂げたような社会改革に向けた努力を続けながら、自分たち自身は次世代に負担をかけない形でのリタイアメント、そして死を迎えるというのが現実的な答えかもしれません。

あるいはなにか、予想もつかない感染症や天変地異によるカタストロフィーが人口動態の基盤を根底からひっくり返す…新型コロナ感染症や地球温暖化を見ると、こちらの可能性のほうが大きいような気もします。医療者もこれからの人口動態学的な潮目を読む必要があるでしょう。

次回予告

最後は少し暗い結論になってしまいました。出口の見えない少子高齢化問題はこれくらいにして、次回は生産的なテーマ、「創薬」について読み解いてみたいと思います。

取り上げるのは「世界で一番売れている薬」「世界を救った日本の薬」「分子レベルで見た薬の働き」の3冊の予定です。次回もご期待ください。