El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

プーチンのユートピア

政治家・官僚(含む大統領)≒実業家≒マフィア

権力者や監督権限を持った者が、その権限を使ってとにかく自分に利益誘導しようという国がまさにプーチンのロシア。それって表立っては書きにくいことなんだろう。著者はモスクワのテレビ局でディレクターやインタビュアー的な仕事をする中でのエピソードという形でプーチンのロシアの諸相をリアリティ番組のように(いや、リアリティ番組のパロディなのでリアルそのもの?)伝えてくれる。

富豪の愛人になろうとする女たちとそのための学校。ソ連崩壊後、地方の秩序を保ったギャング(のち映画監督)。売春婦とテロリストの姉妹。政権批判のパロディ化で批判そのものを無毒化するという手法。カルト的コーチング集団。権力を利用した企業乗っ取り。新兵いじめ・殺し。国策事業で財産作り。財産作ったらロンドンに逃げて、逃げた先でもひと悶着。

もう、むちゃくちゃでんがな・・・。そのむちゃくちゃの事例の積み上げがじわっとプーチンのロシアの実像を結んでくれる。

ただ、これらむちゃくちゃのミニチュア版は日本にもあるよね「〇〇〇マスク」とか・・・

続きを読む

シティ・オブ・ボーンズ

ハリー・ボッシュ シリーズ(8) 一本の骨から始まる哀切のLAエレジー

散歩の犬がくわえてきたきた一本の骨、20年前に埋められた子供。捜査の過程で引き起こされる死、家族の崩壊の物語。結局、みんながいなくなってしまうのか。クライム・サスペンスながらもボッシュの哀切がしみる。しんみりしました。

Amazon Prime の「BOSCH」シリーズ、シーズン1はこの「シティ・オブ・ボーンズ」と「エコー・パーク」を巧みに合体させたもの。「シティ・オブ・ボーンズ」部分はほぼ原作に近い形で進行するのだが・・・ドラマとは異なる意外な死、そしてボッシュの最後の決断と、原作シリーズではボッシュの大きな転機となる一冊。

ブックガイド(96)―新しいがん治療の光?―

真価が問われるのはこれから

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴24年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。コロナ禍の日々も500日を超えましたね。今回のテーマは最近耳にすることが増えた「がんの光免疫療法」です。

「光免疫療法」の開発者である小林久隆先生自身がコンパクトにまとめてくれた一冊「がんを瞬時に破壊する光免疫療法」を読んでみましょう。小林先生は灘高から京大医学部の出身、高校時代から化学がものすごく得意だったらしく、光免疫療法にはその化学的ノウハウがつまっています。

EGFRやHER2と呼ばれるがん細胞に特異的に存在するタンパク質があり「がん特異抗原」とよばれます。これまでにも抗がん剤を選択するときに採取したがん組織においてどんながん特異抗原を持っているかを調べる必要があり、その検査のために抗EGFR抗体や抗HER2抗体が開発され試薬として使われてきました。光免疫療法はそうしたがん特異抗原とそれに対する抗体を使います。

例えば、がん細胞表面にEGFRタンパクがある場合その患者に抗EGFR抗体を投与するとその抗体はがん細胞に結合します。ここでがん細胞だけを破壊する一番いい方法はその抗EGFR抗体にスイッチ付きの爆弾を仕込んで投与し、体内のがん細胞に爆弾付きの抗体が結合し細胞膜にがっしりと組み込まれたタイミングで爆弾のスイッチをオンにしてがん細胞だけが破壊されるようにすることです。

そんな都合のいい「スイッチ付き爆弾」の開発が光免疫療法のキーポイント。その爆弾は「IR700」という化合物。IR700はフタロシアニンという低分子化合物を側鎖で修飾したもので、側鎖のおかげで水溶性になっています。このIR700を抗EGFR抗体に化学的に結合させたものを投与すると、IR700付き抗EGFR抗体ががん細胞の細胞膜のEGFRと結合します。そこで波長700ナノメーターの近赤外線を照射するとフタロシアニンが光に反応して側鎖がはずれるのです。するとフタロシアニン自体が不溶性となることで細胞膜が壊れがん細胞が破壊されるのです。つまり、フタロシアニンという爆弾に側鎖というスイッチを組み込んだものがIR700であり、スイッチを押す役目が近赤外線というわけです。

EGFRに限らず、細胞に特異的な細胞表面タンパクさえ同定できていれば、それに対する抗体を作りIR700化した抗体を投与し近赤外線をあてるだけで近赤外線があたった範囲のその特定の細胞だけ死滅させることができるという仕組みなのです。免疫学と化学の絶妙な融合です。

2012年に当時のオバマ大統領が一般教書演説で光免疫療法に言及したことや、小林先生の日本とアメリカを行ったり来たりの研究生活、楽天の三木谷社長の支援などのサイドストーリーも面白い。2020年9月にIR700組み込み抗体である「アキャルックス」が世界に先駆けて日本で薬事承認され、いよいよ臨床の現場で使われるようになりました。がん治療のまさに光となるのか光免疫療法、要注目です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年9月)

*今回から書籍価格の表示が税込定価に変わりました。

ユーゴスラヴィア現代史

日本が島国であったことの平和を感じる

ジョコビッチはセルビア人、イワニセビッチはクロアチア人。言語は音声と文法はほぼ同じで表記文字がことなる(セルビアはキリル文字、クロアチアはラテン文字)。宗教はセルビア人が正教でクロアチア人がカトリック。これにモスリム(ボシュニャク人)、モンテネグロ人、スロヴェニア人・・・と、まあ様々な差異がありながらも、ヨーロッパとアジアの接するバルカン半島の西半分は、オスマン帝国やハプスブルク帝国といういわゆる帝国の傘下で、まあ激しく殺しあうことはなくやってきた。

第一次世界大戦でこれら帝国の崩壊、共産主義による洗礼、ファシズム国家の侵略からの対敵協力・傀儡政権・亡命政府にパルチザンと次第に暴力化していく。

第二次世界大戦後は共産主義的パルチザン勢力がチトーを中心に「共産主義」という共通理念で「ユーゴスラヴィア」という人工国家としてしばしの安定。この安定期に民族は通婚や移動で混じりあうわけだが、その安定が壊れたとき、混じりあったために今度は分けられないというジレンマ。そこからの殺戮合戦。近いものほど憎悪が強い。1984年に冬季オリンピックが開かれたサラエボも廃墟に。

根本にはセルビア人・クロアチア人・モスリム、三者の相互憎悪があるが著者があげるのは・・

  1. 民族主義を声高に利用する指導者の政治戦略(民族ポピュリズム)
  2. マスメディアのプロパガンダ
  3. 極右民族主義勢力の歴史的存在
  4. 民族自決や人権を無邪気に混住地域に適用して介入したECやアメリカ
  5. 各地域の警察軍の武器備蓄が常態化していたこと(刀狩は必要)

1~3は日本も他人事ではないという気もするが、島国であることや歴史的に一つの民族による一つの国を形成できたことの幸運を感じる。

複雑なユーゴスラヴィア(といわれた地域)の歴史を一冊で学べました。

続きを読む

アドルフに告ぐ

ヒラノ教授のオススメ手塚漫画だったけれど・・・

第二次世界大戦の時代を手塚治虫の味付けで漫画化したもの。主に神戸が舞台。「ヒトラーにユダヤ人の血が流れていることを証明する文書」の争奪戦という虚構を舞台回しにして当時の日本とドイツを描く。歴史の描写としてはゾルゲ事件やヒトラー暗殺未遂、ロンメルの毒死など織り込んでなかなか詳しい。ただし、フィクション部分とノン・フィクション部分が錯綜しているので、描かれた当時(1958)ではだれでもフィクションとノン・フィクションの区別ができただろうけど最近の若い読者にとってはどうなんだろう。

もしそうした文書があっても大して歴史は変わらなかっただろうと思うので、人生をかけての文書争奪戦というメイン・ストーリーの部分でピンとこない。その後、さまざまな史実を明らかにする本が世に出たこともあり、今となっては陳腐な部分もあるが、1958年に描かれたことを考えるとしかたないか。

ヒラノ教授のオススメ漫画はわたしにとってはヒラノ教授シリーズほどにはひびかなかった。理系人によくある人文的なものに対する底の浅さを感じないでもない。

 

夜より暗き闇(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ(7) 読み終えるがのもったいない!

後半の法廷シーンあたりからおもしろすぎて読み終えるのがもったいない、そんな気になる。

「ポエット」のマカヴォイ(記者)、「わが心臓の痛み」のマッケイレブ(元FBIプロファイラー)も登場、ボッシュと三つ巴で、捜査・推理・報道・司法・犯罪者が入り乱れながらも、緻密な組み立てで進行。そして積み上げていったものが最後の裁判シーンで、すべてひとつになって爽快な解決へ。と、そこから最後の暗転があり、読者はさらに夜より暗き闇をみることになる。

全編にわたってボッシュの名前の由来である画家ヒエロニムス・ボス(英語ではボッシュ)の作品解説にもなっており画集やネットでボスの絵を見ながら読み進めたほうがいっそう楽しめる。

Amazon Prime ドラマではシーズン3に相当するが、本作では原作のほうがずっと面白い。しかし、ドラマでしかえられない空気感もあるので、どちらもはずせません。


www.youtube.com

わが心臓の痛み(上・下)

心臓移植とシリアル・キラー

「わが心臓の痛み」は、マイクル・コナリーがボッシュ・シリーズNo.5「トランク・ミュージック」とNo.6「エンジェルズ・フライト」の間の1998年に発表したノン・シリーズのクライム・サスペンス。ノン・シリーズなのだが、No.7「夜より暗き闇」に本作の主人公テリー・マッケイレブが準主役で登場するらしく「夜より暗き闇」の前に読むのがいいらしい。

マッケイレブは心筋症で若くしてリタイアした元FBI捜査官。彼がAB型のCMVマイナス(サイトメガロウイルス感染歴なし)という厳しい条件にもかかわらずドナー心臓に巡り合い心臓移植を受けた。そして、ドナーとなったコンビニ強盗に射殺された女性の姉がマッケイレブに殺人者を探すよう依頼するところから物語スタート。

「点と線」クラスの謎解きが数限りなく登場するが、犯罪推理のプロが的確にそして粘り強く矛盾を解きほぐしていく。その連続がかなり知的でスリリング。矛盾を見落とす凡庸な刑事との対比がくっきり描かれる。そこが読みどころで、推理小説としてもかなりハイレベル。後は、自分で読むべし。