El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

エンジェルズ・フライト(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ(6) 

直情径行すぎないか? ボッシュ 

エンジェルズ・フライトとはLA観光名所の小さなケーブルカー。そこで起こった弁護士殺人を巡って、上下600ページのノン・ストップ・サスペンス。途中で読者が先回りして「あれちょっと矛盾あるんじゃない?」と思うところも見事に回収されていく。

「そこはもう少しゆっくり手間かけたほうがいいのでは?」なんて読者が思っていてもボッシュは走り出してしまう・・・ああ、その直情径行がまた次なる死を・・・と、マイクル・コナリーにペースにどんどん嵌められていく、それもまた快感。

 Amazon Originalのドラマのシーズン4(下記)に相当するが今回は原作のほうがかなり面白い。まあ、複雑すぎてドラマにしずらいのかも。

エンジェルズ・フライト

エンジェルズ・フライト

  • タイタス・ウェリヴァー
Amazon

 

天才柳沢教授の生活 ベスト盤(全4冊)

 読んでしばらくは「良き人間」でありたいと思える

工学部ヒラノ教授のオススメ漫画ということでベスト盤としてまとめられた4冊を読んでみた。謹厳実直居士なれど、ここぞという時には的確な反応ができるというやや矛盾した人物像の経済学部柳沢教授。とはいえ、教授としてのドロドロ部分はほとんどなく傍観者(ヴォワイヤント)風でもあり、ヒラノ教授シリーズでドロドロに慣れてしまった身とすれば、ある種の無垢の爽やかさ。なのに妙に事情通なところもあり。

現実世界では、謹厳実直清廉潔白な人物はつまらないし、事情通は口うるさい。作者山下和美さんの父親がモデルらしいが、一種のあこがれの父親像か。

読んでいる間は、口数少なくポイントだけはピシッと押さえた柳沢教授の爽やかで静かな生活にあこがれないわけではありません。が、どうも専門バカ的なところも感じてしまうのは不遜でしょうか・・・それはヒラノ教授に対してもそうなんだけど・・

工学部ヒラノ教授のラストメッセージ

アカデミアはどこでも井の中の蛙、なんだなあ

ヒラノ教授シリーズ、2019年1月の刊行。テーマはほぼ東工大を中心としたアカデミズム村の人事を中心としたスッタモンダ、なので東工大の関係者には、記録としてそれなりの意味があるだろう。無関係者にとっては「大学ってたとえ、東大でも東工大でも、学問の裏側でやっている人事的暗闘はどこでも同じだなぁ」という印象。

民間企業のその部分を知っている立場からすると、大学では人事的ルールがクリアではなく、誰の声が一番大きいのかなど、あいまいな部分がありそう。ゆえの、運不運がある。

東工大後半に金融工学に大きく人生を賭けたヒラノ教授。リーマンショックで金融工学が不当に叩かれたことはわかりますが、個人的にはアカデミズムと金融工学はやはりちょっと合体させないほうがいいように思う。大きな金がからむ金融の世界ではアカデミアの住人に想像もできないほど無法なことも行われるし、無法も順法に塗り替えられるから。

優雅なeiπ=-1への旅

 オイラーの式が一番すっきりわかる

時々、数学本を読みたくなる。いわゆる受験数学を過ぎて、次に面白いのはオイラーの公式「eのiπ乗が-1」だろう。e(自然対数の底、ネイピア数)、i(虚数単位)、π(円周率)。なので「eのiπ乗が-1」と言われても数学好き以外には「意味わかんない」だと思う。その「意味わかんない」が「意味わかった」となるまでの道筋が高校数学(昔で言う数学III)程度の知識とこの本でたどれる。

意味の流通場の拡張。

自然数に負の数を拡張すると、整数

整数に分数を拡張すると、有理数

有理数に無理数を拡張すると、実数

実数に虚数を拡張すると、複素数

なんて話からはじまって、指数を拡張し、指数関数、三角関数、微分、積分、マクローリン展開で「eのiπ乗が-1」。まるで、自己認識の哲学世界を拡張していく作業を数学世界に投影したような感覚を味わえます。

この先には「フェルマーの最終定理」「ガロアの群論」「ゲーデルの不完全性定理」「ポアンカレ予想」などという世界があるのだが、それはもっと老後に「数学ガール」で愉しみたい。

美しき免疫の力

ノーベル賞レースでわかる免疫革命

前半の第1部の自然免疫・樹状細胞・サイトカイン・抗TNF-α(レミケード)の開発にかかわるノーベル賞レースと金儲けの話はリアル。私自身30年以上前、大学院である物質のモノクローナル抗体を作ることをやっていたのだが、そこからの30年間の話。

自然免疫も実は1990年代の発見でtoll様受容体がショウジョウバエの研究からヒトにまで拡張されたとは・・・ぼーっとしている間にいろいろあったんだなぁ。

細胞融合によるモノクローナル抗体というとすごくハイテク感がするが、実際は地味な作業だった。そのテクニックの行きつく先に抗体医薬があって莫大な富を築いた研究者がいたとは・・・。

後半の第2部は最近よく聞く話でだいたい知っていた。というか、バイオテクノロジーがここまで社会の中で重要視されるなんて30年前は思ってもいなかった。先を見通すことのむずかしさ。

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休み時間の免疫学 第3版

 免疫学、学びなおしはまずこの一冊

免疫学がむずかしい!なぜなら、大学で30年以上前に教わったことと全然違うから。当時は実験室レベルでウェスタンブロッティングだとか細胞融合でモノクローナル抗体をつくり始めた・・というレベルだった。

今の免疫学の教科書を開くと、toll-like-receptor(TLR)やリンパ球の表面マーカーとしてのCD4とかCD8というタームがいきなり説明なしに出てくるので、ああこれらのタームはいまどきの医師にはコモンセンスなんだろうな、と思うだけでもう億劫になる。・・・というようなことはありませんか?

そこで、いろいろ探してみて「これは!」と思ったのがこの本「休み時間の免疫学」。95のテーマ(ステージ)が見開き2ページ10分という設定で、ほぼ何も知らないところから例えば医学部の卒業試験レベルまで自習できます。途中途中にミニテストがあるので、そこで答えられるくらいの知識は頭に入れておく必要があるということもわかる。

全体は三部にわかれていてChapter1-3で実際の体内の免疫反応の流れを理解し、Capter4-7ではその免疫反応に登場するプレーヤーたちを詳細解説、Chapter8-9では免疫による疾患を学ぶ、という構成。最後に、医師や臨床検査技師の国師問題から免疫に関するものをセレクトした問題集でブラッシュ・アップ。

大事なことは何度も何度も出てくるので覚えますね、さすがに。初版が13年前に書かれたらしいのですが、著者の齋藤先生はかなり力を入れて改訂をしてくれてすでに第3版。独特のあじわいさえ醸し出してきています。

医療関係者・学生向けだと思いますが、2200円(10%税込み)で一般書並みのお値段で免疫学がひととおりわかるのでお得感あります。お薦めです。

 

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工学部ヒラノ教授の傘寿でも徘徊老人日記

 傘寿でも期待を裏切らず

ヒラノ教授シリーズ、7月に刊行されたばかりの最新刊。毎年刊行されるし、ヒラノ教授も文中で書いているように、同じネタの使いまわしも増えてきたがそこは、ファンとして気にはならない。

今回は、人生を通しての漫画・映画・音楽の振り返り、数学特許の裁判の顛末、亡くなった娘さんとからむ次回作につながる話題。

裁判のテーマを面白く読んだ。社会はどんどん新しいことが産み出されて変化していくので、既存の法律では解決しないような利害の衝突が次々と起こる。ところが、日本の裁判官は既存の法文解釈の拡張でしか解決しようとしない、そのため現実と乖離したトンデモ判決になる。あるいは、トンデモ判決を回避して数学特許のように裁判自体の意義を消滅させるとか、和解にもちこむとか・・・本当によくある話。

ヒラノ教授の母親、ヒラノ教授、ヒラノ教授の子供たちの話題は、多くの読者が身につまされるのでは。最終的には、親であろうが子であろうが、自分以外は自分ではないのだから、個として尊重しなくてならない。ところが自分以外である妻や子を自分の思考の中の登場人物みたいに考えてしまいがち、それがエゴ。そこからの脱却と気づき、そこまでには80年近い人生が必要なのかも。

そこに踏みこむのだろうか、次回作を待つ。