El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブラック・ハート(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ(3) 容疑者が多すぎる

登場人物が次から次へと、容疑者になる・・・。ひっかけも多い、やるねコナリー。すっかり最初のワナにひっかかってしまった。ボッシュが捜査中に射殺したことの不当性を争う相手はテレビシリーズでおなじみの弁護士チャンドラー。ところが、ところが。。。肝心なところでガラリと展開がかわるので、テレビシリーズから来た読者もまた楽しめる。

工学部ヒラノ教授のウィーン独り暮らしの報酬

 今回はちょっとロマンティックだったヒラノ教授

ヒラノ教授こと今野先生、80歳。「・・・ラストメッセージ」「・・・徘徊老人日記」ときて、一点35歳、45年前のウィーンでの研究生活の思い出ノート。今回は、美しき人妻高橋ゆり子さんの登場でロマンチックでした。

そしてまるで「失われた時を求めて」のように、 亡くなったり、老いたり、育ったりという30年後の描写。ちょっとできすぎで、創作?とも思いました。

学問的には論文量産ノウハウや、その後のつくば大、東工大への布石となったウィーン独り暮らしだったんですね。というか、奥さまへの手紙も含めて、すべてその後のいい結果をもたらしたという前向きな解釈をすることが大事だな・・・と思いました。前向きな部分の記憶を強化して幸福な老後を生きる、というワザを感じます。

読む・打つ・書く

理系研究者、徒然なるままに日暮し硯に向かいて

三中(みなか)先生1958年京都市生まれ。東大農学部出身で進化生物学の研究者。農水省系の独法の研究員・・・というのは仮のお姿、と言っていいのか。そもそも、東大の理系のオーバードクターとは、そういう職におさまるものなのかも。

タイトルを読み下すと「本を読む、書評を打つ、本を書く」らしい。職業人としての職場(ファースト・プレイス)、家庭人としての家庭(セカンド・プレイス)、だけでは知性のおさまりがつかないゆえのサード・プレイスとして「読む・打つ・書く」の知的生活。そのノウハウがかなり具体的に書かれています。「工学部ヒラノ教授」シリーズ(今野浩氏)の別バージョンという趣き。

「読む」「打つ」は、同年代理系の私にも参考になりました。かなりストイックな感じもします。「書く」のほうは「ヒラノ教授」もそうですが、やはり若いころから本を書いていて出版社との関係などがないと難しそうですね(自費出版ならともかく)。

そういう意味では、地味な分野の若手の理系研究者で実験やフィールドワークに追われてそれどころではないという状況でなければ、三中先生のライフ・スタイルはまあ、ひとつの理想かもしれません。特にインターリュード(1)に書かれた「ローカルに生きる孤独な研究者の人生行路」あたりの文章は、徒然草方丈記にも通じるものがあります。

定年や老化を乗り越えて三中先生のサード・プレイスがどう進化していくのか、続編を期待しています。

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ブラック・アイス

ハリー・ボッシュ シリーズ(2) 国境地帯のボッシュ

ボッシュ、メキシコへ。とは言っても、カリフォルニア州とメキシコのバハ・カリフォルニア州は隣り合っていて、舞台はアメリカ側のカレクシコウ(Calexico)とメキシコ側のメヒカリ(Mexicali)。

LAの刑事ムーアが殺された事件を追って彼の故郷であるこの国境地帯を行ったり来たりしながら、ムーアと麻薬王の隠された因縁を解き明かしていくボッシュ。過去を抱えて生きること、過去からの解放・・・。メキシコの闘牛の描写がすばらしい。

ボッシュ・シリーズに通暁する「社会的規範ではなく自分の中にある一本の信念に基づいて生きる」という生き方がよく表現されている。

 

ブックガイド(95)―依存症の根底にあるもの―

 

 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「依存症」。これまでスマホ依存、アルコール依存など個々の依存症を取り上げてきました。今回は薬物依存症治療の第一人者、松本俊彦氏による精神医学エッセイ「誰がために医師はいる」から「人間が何かに依存するということの根底にあるもの」を考えてみましょう。この本、薬物依存治療をメインにしながら、現代の精神医学全体を俯瞰しつつ、出自から現時点までの自分史をも語ってくれるており、中身も濃いが文章も上手であっという間に読んでしまいました。

松本氏は小田原の高校から佐賀医大という経歴の1967年生まれ。冒頭に書かれた小田原での荒れた中学時代の話にすでに友人のシンナー中毒がでてくる。なるほど、薬物依存を専門としていなくても、人生の中で「ああ、あの人は〇〇依存だったよな」ということは確かにありますね。

松本氏はいろいろな経緯があって不本意ながらも薬物依存の治療にはまっていきます。ポイントとなり何度か語られる大きな気づきが「依存は、それによって得られる快感のために依存に陥るのではない」ということ。ではなぜ依存に?それは「過去や現在のトラウマ・生きにくさ(精神的の場合も肉体的な場合もある)から逃避する手段として何かに依存する」ということなのです。「唐辛子を山盛りふりかける行為」という例にもうなづけます。松本氏自身もアルファロメオの改造にのめりこむ行為依存になったりしている。「依存とは欠落の補填」と考えれば、依存を抑制するという治療の前に、依存を引き起こす患者の欠落が何かを考え、そこを是正していかなくてはならないということですね。

本書には、依存症患者の自殺例がいくつか取り上げられおり、それぞれに強い印象を読者に残します。小田原に住んだことのある私にとっては、「小田原城からの飛び降り自殺」がもっとも印象的でした。自殺後の心理学的剖検の話や巨大橋梁の自殺対策など、知られざる精神医療の世界を垣間見ることもできます。精神科医にとっては、次回の診察予約をとること自体に治療的な意味があり、予約の有無こそが生ける人と死せる人とを隔てるものだ。・・・なるほど

メキシコの大麻、ペルーのコカ、中国のアヘンなど、どの民族どの文化にもそれぞれお気に入りの薬物があり、その薬物を上手に使いながらコミュニティを維持してきました。この世には「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは薬物の「よい使い方」と「悪い使い方」。「悪い使い方」をする人は、必ず薬物とは別に何か困りごとや悩みごとを抱えている。だから依存症をみたらその困りごとを発見しなくてはならない、というわけです。

もう一つ、薬物自己使用者の再犯防止には、刑罰は有効でないどころか、かえって治療の妨げになっているということ。タレントやミュージシャンが覚醒剤中毒で検挙されたときのマスコミ総がかりのバッシングの異様さは確かに感じますよね。バッシングしたからとて、拘留されたからとて、依存の根本原因である困りごと悩み事を解決しなければどうにもならない。そういう意味では、「ダメ。ゼッタイ。」や「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」なんて標語や恐ろしさだけを説く学校での薬物乱用防止教室はかえって良くない結果を引き起こす。

後半では、2000年代以降の精神医療の問題点をえぐります。駅前メンタルクリニックの急増、ドリフ外来(めしくってるか、寝てるか)、ベンゾ依存症を生み出す医師の処方などを取り上げ、精神科医は白衣を着た売人とまで書く。そして最後の章では、薬物依存からアル中への遷移の問題も・・・ストロング系チューハイの危険さ。

では、どうやって治療していくのか。最終章で、自助グループのメンバーを通して語られるが、それはやはり人と人のつながりということなのでしょう。アディクションの反対語はコネクション(つながり)。I and Youではなくて I and I=(レゲエでいうところのアヤナイ)・・と、最後は煙にまかれた感じもしますが、それも含めて依存症治療ということなのだろうと。コロナ禍がもたらすさまざまな困難は依存症を増やしているのではないでしょうか、オリンピックや大谷選手の活躍に過度にのめり込むのも依存症と同じメカニズムなのかも。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年8月)。

がんを瞬時に破壊する光免疫療法

これ一冊でわかる!光免疫療法

このところ、がんの新しい治療法としてよく耳にする光免疫療法。治療施設も神戸大を皮切りに続々と増えていっているようだ。ネットで検索すれば概要はわかるのだが、そのエッセンスを開発者である小林久隆先生自らがコンパクトにまとめてくれた一冊が本書。とりあえず読んでおきたい。

小林先生は灘高(ちなみにわが家から徒歩5分)から京大医学部の出身、高校時代から化学がものすごく得意だったらしく、光免疫療法にはその化学的ノウハウがつまっている。

EGFRやHER2と呼ばれるがん細胞に特異的に存在するタンパク質があり、がん特異抗原ともよばれる。これまでにも、抗がん剤を選択するときにそのがんがどの特異抗原を持っているかを採取したがん組織から調べるという話は以前からあり、その検査のために抗EGFR抗体や抗HER2抗体が開発され試薬として使われてる。光免疫療法はそうした抗体を使う。

例えば、がん細胞表面にEGFRタンパクがあるとして、その患者に抗EGFR抗体を投与した場合、抗体はがん細胞に結合するがそのこと自体でがん細胞が破壊されることはない。がん細胞だけを破壊する一番いい方法は抗EGFR抗体にスイッチ付きの爆弾を仕込んで患者に投与し、体内のがん細胞に爆弾付きの抗EGFR抗体が結合し細胞膜にがっしりと組み込まれた状態を作り出し、そこで爆弾のスイッチをオンにしてそのがんの細胞膜を破壊することでがん細胞を殺すというわけ。

そんな都合のいい「スイッチ付き爆弾」の開発が光免疫療法のキーポイント。その爆弾は「IR700」という化合物。IR700はフタロシアニンという低分子化合物を側鎖で修飾したもので、側鎖のおかげで水溶性になっている。このIR700を抗EGFR抗体に化学的に結合させたものを投与すると、IR700付き抗EGFR抗体ががん細胞の細胞膜のEGFRと結合。そこで波長700ナノメーターの近赤外線を照射するとフタロシアニンが光に反応して側鎖がはずれる。すると、フタロシアニン自体が不溶性となり細胞膜が破壊される。つまり爆弾がフタロシアニンで側鎖というスイッチを組み込んだものがIR700で、スイッチを押す役目が近赤外線というわけ。これは、化学がすごくわかっていないと思いつかないしかけだ。

さらに、破壊されたがん細胞自身の成分が体内にある免疫を活性化して、連鎖反応的にがんの破壊がすすむ。さらにさらに、その免疫の活性化を阻害する細胞制御性T細胞(Treg)に対しては、事前にTregに対する抗体にIR700を組み込んだものを投与することでTregを抑え込むダブルの光免疫療法。

つまり、ある特定の細胞に特異的な細胞表面タンパクさえ同定できていれば、それに対する抗体を作り、IR700化した抗体を投与し近赤外線をあてるだけで、近赤外線があたった範囲のその特定の細胞だけ死滅させることができるという仕組み。免疫学と化学の絶妙な融合ですね。

 2012年に当時のオバマ大統領が一般教書演説で光免疫療法に言及したことや、日本とアメリカを行ったり来たりの研究生活、楽天三木谷社長の支援などなど周辺事情も興味深い。

2020年9月にIR700組み込み抗体である「アキャルックス」が世界に先駆けて日本で薬事承認され、いよいよ臨床の現場で使われるようになる。がん治療のまさに光明となるのか光免疫療法。注視したい。

(追記)例えばネットで「肺がん」と検索するとまさにあやしい代替療法のPRサイトが多数ヒットする。一般人にとっては、それらに紛れ込んでいる「怪しい免疫療法」と「光免疫療法」の区別がつくのだろうか。光文社新書で出版されたからといってにわかに信用することはためらわれる時代でもある。

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狩られる者たち

 まだまだ続く「ベリエル&ブローム シリーズ」

ネタバレにならない程度にアルネ・ダールのこのシリーズの骨格を

スウェーデン発の警察ミステリー「時計仕掛けの歪んだ罠」で始まった「ベリエル&ブローム シリーズ」。解説によれば5部作のうち、本書が第2部。(おそらく)5部全体を流れるスウェーデンの社会不安(移民の増加やイスラム国の浸透)をベースにした大きな事件がある(という予測)。

読者は、各々におこる一見単独の事件をベリエルとブロームが解決していき、解決したと思った終盤で次につながるなぞと事件が発生し、次回作に引っ張っていかれる。と、まあ、この構造は理解しておいてもいいのではないか。ただし2巻まで読んでも、「ベリエル&ブローム シリーズ」と銘打っていいのかもはっきりしません。

話の展開の前提が次の展開の中でひっくり返されることが多く、それがこのシリーズを読む楽しみでもある。未読の方は・・・お楽しみに。

前作「時計仕掛けの歪んだ罠」のレビューにも追記したが、読み終わっても次回作の時にざっと読み返す必要が生じるので手放さないこと。