El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

悪いがん治療

抗体医薬が巻き起こした「がん薬物治療」の混乱

がん薬物治療の政策的な混迷をさまざまな視点から描いて非常に有益、ただし内容が高度なので医師以外の読者が理解することはかなり難しそう・・・なぜ晶文社が一般書として翻訳・出版したのかはわからない。著者自身も腫瘍内科に興味をもつ医師を主な読者として書いているようだ。がんの薬物治療に関わる医師に読んでもらいたい一冊。

がんの治療の中で21世紀になって大きく変わった「がんの薬物治療」。抗体医薬ががんの治療に使われるようになり大きく変貌した。確かに効果がある場合もあるが、そもそも手術療法で根治できないような進行がんに対する治療なので、大局的にはいくばくかの延命はあるにしても「根治」するような治療法ではない。

それなのになぜこの隆盛?一つには薬価がべらぼうに高く、薬剤メーカーが莫大な利益をあげられるから。一つには、一定数の進行がん患者はつねにいて治療の対象にことかかないし、少々の延命に終わっても「そんな延命なんてムダ」とは言いにくいという心理。一つには大多数の人にとっては他人事で無関心で公的健康保険から莫大な薬代が払われていても直接的な損害意識が起きない。

そういう事実を前提に本書では、

  • 第1部「がんの薬の効果はどれくらいで、値段はいくらか」
  • 第2部「がんの医学をゆがめる社会的な力」
  • 第3部「がん治療のエビデンスと臨床試験を解釈する方法」
  • 第4部「解決」

の4部にわけて、最後まで読めば、臨床医がいかにして

代理エンドポイント・・・生死や生存期間のような客観的なエンドポイントではなく、CT上の腫瘍径のような測定者の恣意性が入るエンドポイントの危うさ。それを利用する製薬会社。がん治療を売り物にする政権→オバマのPrecision Medicine、裏にはメーカーなどの影がある。nを増やして統計的に有意にすれば認可されるというトリック。

「製薬メーカーのご都合主義的な証拠の解釈や統計操作、研究者や政策決定者への金銭供与」やら「研究者の功名心や、政策決定者の天下り先温存指向」やらのさまざまなバイアスを乗り越えていかにして意義のある研究論文を読み解き、ただしい「がん薬物療法」をチョイスしていけばいいのか、という道筋が示されていく。さらに規制当局であるFDAや保険者であるCMSに対する提言も。

日本でも腫瘍内科医を目指す医師が増えていたり、腫瘍内科を標榜する病院が出てきているが、がん遺伝子パネル検査がこけつつあるのをみてもわかるように、医学全体の中でそこまで大きなニーズや費用対効果のある分野とはまだまだ私には思えず・・・。カネになるということがやはり一番なのか・・・とシラケてみたり。