El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

自由なき世界(上)

プーチンのロシアが目指すファシズム社会

プーチンがロシアの大統領になって、それまでの共産主義 VS 資本主義では理解できない世界になってきた。さらにグローバリズムやネット社会(スマホにSNS)も要素として加わる。そんな2010年代の歴史を知るにはこの本だ。

上巻は

プロローグ(2010)でプーチンの権力奪取まで。

第1章 個人主義か全体主義か (2011)・・プーチンのロシアの政治的あり方(必然性の政治・永遠の政治・・・ファシズム的寡頭政治オリガーキーによる権力の永久支配)の根拠となる思想家イリイン思想を知る。

第2章 継承か破綻か (2012)・・西側にとってもよくわからない存在であったプーチンが不正選挙もあって大統領に再選されさらに永遠の政治を追求。

第3章 統合か帝国か(2013)・・統合のEUと帝国化するロシア。ヨーロッパでの民族国家は統合化か帝国化でなくては維持できない。しだいにヨーロッパから離れ、「ユーラシア主義」に依拠していくロシア。その接点にウクライナがあった。

第4章 新しさか永遠か (2014)・・ウクライナのEU志向とロシアとの板挟みのヤヌコーヴィッチ政権。あやしい選挙とクーデター(マイダン革命)、ロシアのクリミア進攻。

全体を通して、ロシアの巧妙なプロパガンダ、西側の国々の中の協力者、トランプの受益など、プーチンのロシアがいかに世界を動かそうとしているかがわかる。

いざ、下巻へ。

 

エコー・パーク(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ(12)

ボッシュ56歳、前作から再雇用制度で再びロス市警へ。ライダーとともに未解決事件捜査班に。骨格はAmazon Prime のBOSCHシーズン1のうちウェイツ事件なのだが、いやあ、同じような展開かと思ってみてると、ひとひねり、ふたひねり。眼が眩むような展開にページを繰る手がとまらない。

こうして読んでみると原作の方がAmazon Primeより複雑でおもしろいことが多い。ただし、映像で雰囲気をつかんでいるのは大きい、ウェイツが脱出する場面や地下に作った死体の祭壇などは映像もいい出来だった。でもやはり、映像→原作のほうが楽しめるかな。

 

名画で読み解く ロマノフ家 12の物語

ロシア的、なんでもあり

現代ロシア=プーチンのロシアのことを調べていて、ロシアらしさとは何なのか、ぼんわりわかったような気がしたので、それを確認するためにざっくりとロシアの歴史を学べる本書を読んでみた。非常にわかりやすい。肖像画の時代でもあるので「名画で読み解く」のが大正解。

ロシアがいわゆるタタールのくびきから解放されて国の形をなすのがイワン雷帝の頃(1533-1584)で日本では戦国から安土桃山時代、ドイツ系のロマノフ朝になるのが半世紀後の1613年なので、以来1917年まで300年間がロマノフ朝。そこから、ソビエトが1917-1991の74年間。そしてプーチン時代がすでに20年。こうしてみると、ロシア的なものとはじつはロマノフ的なものなのかもしれないし、ソビエト政権もまたひとつの王朝にすぎなかったのかな。

不透明な政権交代、暗殺、夫殺し、妻殺し、親殺し、子殺し。なんでもあり。どこの馬の骨ともわからない女性が皇帝に気に入られて次の女帝になるなんてことが普通に起きる。

国の最高権力者がある日突然失脚、というパターンが延々と続いてきたし、これからも続いていくだろう。(P80)

ロシアのような広大な国を束ねるには強権的君主制が最適だ(エカテリーナ二世、P112)

今の、プーチンのロシアをみてもロマノフ朝とそっくり。されば、プーチンがいなくなったとき、ロシアはどうなるのか・・・

私たちはどんな世界を生きているか

どんな世界を生きてきたか・・しかわからない

なるほど、ネット社会や新自由主義やGAFA、それにコロナ禍がのっかって先が見通せない今、その今に至る世界はどういう具合に形成されてきたかはよくわかる。また、日本という切り口でも近代化から現在までの流れがよくわかる。あの時のあれが今のこういう不自由や不具合の原因だと。

著者はこの200年間に革命や戦争をとおして世界・日本が築き上げてきた「解放」「自由」が、削り取られているのが今だという。しかし、まあそれは結果論なんだろうな。

今、われわれが漠然と感じる不安はそういう歴史的連続性の中に生じている不安ではないのではないか。むしろ、過去を知り分析できたとしても明日はどうなるかとんと不透明だという不安ではないか。

歴史的な流れでは説明できない突発的なできごとやイノベーションがガラリと世界を変えてしまう。そんなことを21世紀になってたくさん見てきた。だからこの先もどんな想定外も起こりうるという、そういう不安(期待でもあるかも)。若者であれば、むしろチャレンジングな未来ということかもしれない。

著者は1950年生まれの団塊世代。昭和の高度成長期に青壮年時代を生きてきて、平成から令和にかけての社会のありようにペシミスティックになるのはわかるが、「私たちはどんな世界を生きているか」なんて、普遍化するのはちょっとちがうような気がする。

終決者たち(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ (11) そこはプリペイド携帯でしょ!

 

Amazon PrimeのBOSCHシリーズが完結し、再度、全シーズン通しで見てしまった。それでも、もっとボッシュの世界に浸りたいと手近で入手できた「The Closers」(終決者たち)を土日で読んでみた。(これを書いたのは2021年7月19日だがシリーズの流れから9月20日で登録しなおしている)

未解決事件と警察内権力闘争がからみあって、未解決事件は解決するのだが、その解決そのものも権力闘争の道具に使われる。

本作は、全ラインナップの中では中盤、⑧「シティ・オブ・ボーンズ」で一度LAPDを退職して私立探偵として⑨「暗く聖なる夜」⑩「天使と罪の街」と二つの事件を解決したボッシュが退職者雇用制度で再びLAPDにもどったところからのスタート。

プロット自体は、真相とは少しずれたところをボッシュが追及し捜査が暗礁に乗り上げたところで意外な気づきから謎が解ける。しかし、解決のキーになった携帯電話。そんなアシがつきかねない他人の携帯を犯人が使うのはかなりご都合主義的では・・・。まあ、読んでいる間は楽しめるし、謎解きだけがボッシュでもないのだが。

この後のながれとしては、コナリーの別シリーズとして「リンカーン弁護士」がスタートするが、これにはすぐにボッシュがからみはじめるようだ。

天使と罪の街(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ(10) 詩人(The Poet)との最後の闘い

前作「暗く聖なる夜」で警察やFBIという組織を離れながらも協力して事件を解決したボッシュとマッケイレブだったが、本作はマッケイレブが移植心臓の不調で死去したところからスタート。

今回の敵は、生きていた「ザ・ポエット」。(これは冒頭で明らかにされるのでネタバレではないが、「ザ・ポエット」は先に読んでいないと本作は読めないと思った方がよい)。マッケイレブの死の疑惑からはじまったボッシュの捜査線とザ・ポエットにおびき寄せられたFBI捜査官レイチェルの捜査線が、中盤で見事に合流。

レイチェルはじめFBI側の官僚主義的で目の前の危機に鈍感な感じと今や警察官でもないのに渋いボッシュとが対比的に描かれる。

読みどころは、荒涼としたネバダの砂漠とトレーラハウスと売春の街のすさんだ風景での転回と、大雨で氾濫するロサンゼルス川での最後の闘いの場面。

私立探偵になって不自由だったボッシュが次作では退職者再雇用制度でLAPDに戻りそうだ。

マイクル・コナリー - Wikipedia

続・私の本棚 (6)30年ぶり学びなおしの免疫学!

還暦過ぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのセカンドシーズン「続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学」です。

第6回のテーマは「免疫学」です。(ちなみにファースト・シーズン「私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を」はこちら

免疫学はなぜ難しい?

免疫学が難しいのは、30年以上前に大学で教わったことと全然違うから。今の免疫学の教科書を開くと、トル様受容体toll-like-receptor(TLR)やリンパ球の表面マーカーとしてのCD4とかCD8という用語がいきなり説明なしに出てくるので、「なんだこりゃ?」と思って億劫になる。…そんなことはありませんか?

それは無理もない話で、TLRが発見され自然免疫のメカニズムがわかってきたのは1990年代(ノーベル賞は2011年)。われわれ還暦世代にとっては、医師になって診療に追われていた頃のできごと。知らないのも無理はないのです。

最近の医学系参考書は超充実!

そこで、書店でいろいろ探してみて「これは!」と思ったのが今回の一冊目「休み時間の免疫学」。本連載の「一般書で…」という主旨からは少しはずれますが、いわゆる医学系参考書です。

免疫学を95のテーマ(ステージ)に分け、各見開き2ページ10分という設定でほぼ何も知らないところから医学部の卒業試験レベルまで自習できます。途中途中にミニテストがあるので、そこで答えられるくらいの知識は頭に入れておく必要があるということもわかります。

全体は三部にわかれていて第1部(Chapter1-3)で免疫反応の流れを理解し、第2部(Chapter 4-7)ではその免疫反応に登場するプレーヤーたちを詳細解説、第3部(Chapter8-9)では免疫が引き起こす疾患、という構成。最後に、医師や臨床検査技師の国師問題から免疫に関するものをセレクトした問題集でブラッシュ・アップ。

大事なことは何度も何度も出てくるのでさすがに覚えますね。初版が13年前ですが、著者の齋藤先生はかなり力を入れて改訂を続け、すでに第3版。免疫学入門書として独特のあじわいを醸し出しています。

2,200円(10%税込み)という一般書並みの価格で、免疫学がひと通りわかるのはうれしい。医学書を扱っている書店に行けばわかりますが、この本に限らずこういうわかりやすさを前面に出した良い参考書が本当に増えています。一度書店をのぞいてみてください。

ノーベル賞候補の研究が丸ごとわかる一冊

二冊目は一冊まるごとTregの本、「免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか」。Tregとは「制御性T細胞= Regulatory T-Cell」のことです。Treg研究の第一人者でノーベル賞候補ともいわれる大阪大学の坂口志文先生の業績やインタビューを、サイエンスライターの塚崎さんが一冊の新書にまとめてくれました。

免疫を担うリンパ球にはB 細胞とT 細胞があるのはご存知のとおりですが、その先の分類はなかなか難しいです。ヘルパーT細胞やサプレッサー(抑制性)T細胞なんて聞いたことがあるのではないでしょうか。ところがサプレッサーT細胞は存在が否定されたんです。それに代わるものがTregと考えていいでしょう。

T細胞は細胞性免疫を担っていて、体内に入ってきた細菌やウイルスに感染した細胞を攻撃して排除します。ところがT細胞がわれわれ自身の組織を攻撃すれば、いわゆる自己免疫疾患になってしまいます。自分自身を攻撃するようなT細胞の大部分は生まれた直後に胸腺で排除されるのですが、それでもさまざまな原因で自分自身を攻撃するT細胞が残存します。そこでこれらのT細胞の攻撃力を絶妙に調節してくれるのがTregです。

この免疫の上での「自己」と「非自己」は明確に二分されるようなものではなく連続的なもので、その連続的な部分をTregが分子メカニズムを駆使して実現させているのです。

ですからTregのさじ加減が狂って攻撃が抑制されすぎると例えばがんに対する攻撃がうまく働かないですし、攻撃が抑制されなさすぎると自己免疫疾患が起こります。その精緻なメカニズムを、坂口先生が海外の研究者と競いながら少しずつ少しずつ明らかにしていくプロセスが感動的です。

Tregのそうした調整能力をうまくコントロールできれば、自己免疫疾患の治療やがんの免疫療法に応用できる可能性があり、それらの分野でさまざまな研究が行われています。後半の数章ではそうしたTregの未来像が語られます。これまで自己免疫疾患の原因は標的臓器の交差抗原性と長くいわれてきましたが、Tregの表面タンパクの遺伝子多型が関連しているかも…という話も興味深いです。

最初は固いタイトルの本だなと思って読み始めましたが、するする頭に入ってTregが現代免疫研究のかなり中心に位置することがわかりました。ノーベル賞を受賞した本庶先生のオプジーボのPD-1受容体も巨視的な眼でみればTregワールドの一部分と言えますね。

この本一冊で、免疫のイロハから最先端のTregまで理解でき、さらにTregを応用した未来の医療への展望まであっという間に読めてしまいます。おすすめです。

これ一冊でわかる!光免疫療法

最後にこのところ耳にすることが増えた、がんの光免疫療法に関する本を取り上げます。

出版社特設サイトでもかなりのことはわかるのですが、開発者である小林久隆先生自身がコンパクトにまとめてくれた一冊「がんを瞬時に破壊する 光免疫療法」を読んでみましょう。小林先生は灘高から京大医学部の出身、高校時代から化学がものすごく得意だったらしく、光免疫療法にはその化学的ノウハウがつまっています。

EGFRやHER2と呼ばれるがん細胞に特異的に存在するタンパク質があり「がん特異抗原」とよばれます。これまでにも抗がん剤を選択するときに、採取したがん組織においてどんながん特異抗原を持っているかを調べる必要があり、その検査のために抗EGFR抗体や抗HER2抗体が開発され試薬として使われてきました。光免疫療法はそうした抗体を使います。

例えば、がん細胞表面にEGFRタンパクがある場合、その患者に抗EGFR抗体を投与するとその抗体はがん細胞に結合します。ここでがん細胞だけを破壊する一番いい方法は、その抗EGFR抗体にスイッチ付きの爆弾を仕込んで投与し、体内のがん細胞に爆弾付きの抗体が結合し細胞膜にがっしりと組み込まれたタイミングで、爆弾のスイッチをオンにしてがん細胞だけが破壊されるようにすることです。

そんな都合のいい「スイッチ付き爆弾」の開発が光免疫療法のキーポイント。その爆弾は「IR700」という化合物。IR700はフタロシアニンという低分子化合物を側鎖で修飾したもので、側鎖のおかげで水溶性になっています。このIR700を抗EGFR抗体に化学的に結合させたものを投与すると、IR700付き抗EGFR抗体ががん細胞の細胞膜のEGFRと結合します。

そこで波長約700ナノメーターの近赤外線を照射するとフタロシアニンが光に反応して側鎖がはずれるのです。するとフタロシアニン自体が不溶性となることで細胞膜が壊れ、がん細胞が破壊されます。つまり、フタロシアニンという爆弾に側鎖というスイッチを組み込んだものがIR700であり、スイッチを押す役目が近赤外線というわけです。

EGFRに限らず、細胞に特異的な細胞表面タンパクさえ同定できていれば、それに対する抗体を作りIR700化した抗体を投与し近赤外線をあてるだけで、近赤外線があたった範囲のその特定の細胞だけ死滅させることができるという仕組みなのです。免疫学と化学の絶妙な融合です。

 2012年に当時のオバマ大統領が一般教書演説で光免疫療法に言及したことや、小林先生の日本とアメリカを行ったり来たりの研究生活、楽天の三木谷社長の支援などのサイドストーリーも面白い。

2020年9月にIR700組み込み抗体である「アキャルックス」が世界に先駆けて日本で薬事承認され、いよいよ臨床の現場で使われるようになりました。がん治療のまさに光となるのか光免疫療法、要注目です。

まとめと次回予告

今回は一冊目に、一般書ではなく医学参考書を取り上げました。免疫学の進歩がすさまじいので、まずはよくまとまっている参考書でひととおり勉強することが早道だと思えたからです。免疫学では複雑な適応免疫(獲得免疫)のほうが先に研究が進み、その前段階とも言える自然免疫の解明が後になりました。

ところが多くのテキストは自然免疫→適応免疫という順に書かれているので、私自身も最初の自然免疫とくにTLRでつまずきそうになりました。今回紹介した「休み時間の免疫学」でそこをクリアできればTregや光免疫療法も楽勝です。免疫学、おもしろいですよ。

さて次回のテーマは「寿命」です。還暦世代にとっては寿命・長寿は他人事ではないですよね。コロナ禍の中でも寿命・長寿をテーマにした本はよく目にします。そんな中から次回は「LIFESPAN・ライフスパン 老いなき世界」・「寿命遺伝子」・「生物はなぜ死ぬのか」の3冊を選んで、読み解いてみたいと思います。

次回もご期待ください。