El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ハイチ革命の世界史

目から鱗!歴史の常識を覆す事実にあふれていて一気読み!

キューバの東にあるエスパニョーラ島、東半分がドミニカ共和国(元スペイン領)で西半分がハイチ(元フランス領)。ハイチは最近も大きな地震があったり、ギャングの横行があったり、世界の最貧国だったり、そんな報道ベースの知識しかなかったが・・長く独自の苦難の歴史があった。

ハイチは黒人奴隷が初めて独立国家を作った!それは、フランス領だったことが大きな要素、というのは反乱が起こったのがちょうどフランス革命の時で、革命の理念から言って独立を認めざるを得ない雰囲気もあったし、革命で植民地どころじゃないという部分もあった。しかし、独立後フランス自体もナポレオンが帝政始めるなど紆余曲折があり、植民地政策も二転三転しそれに翻弄される。で、最終的に独立の代償として国としてやっていけないほどの莫大な額の賠償金払うことになった。

ハイチ以外の中南米の国は住み着いたスペイン人やポルトガル人が独立国を作ったわけで、いきなり黒人奴隷が政権をとったのはハイチだけだった。黒人が国の支配者になることを非黒人は怖れてもいた。植民地の独立問題と奴隷解放問題のあや。

ハイチ自身の問題としてもやはり急に独立しても何をどうしていいかわからない。時代的にもまだまだ民主主義の国の作り方のモデルもない時代。奴隷解放と民主主義の両立は困難。なので、黒人の王様が乱立することになる。

そこにリンカーンの頃のアメリカが介入。リンカーンは実は人種偏見が強い(!)人で、奴隷解放後のアメリカを白人の国にして、解放奴隷たちはアフリカ(リベリア建国)やカリブ地域に移住させようと考えていた(オドロキ)。そんなこんなでハイチの混乱をいいことにアメリカが長期にわたって実質支配するーイラクみたいになってしまう。

ハイチ革命とそこからの100年には中南米の今に続く混乱・人種差別・不安定などの起源となる要素が満ち満ちている。

Wikiの「ハイチ」の記載の一部を転載しておくが、この文章だけでも慄く・・・

2022年現在、首都ポルトープランスでは市内の6割がギャングの支配下に置かれており、レイプや殺人など暴力によって住民を支配している。治安の悪化のために、犯人が処罰されることはほとんどなく、病院は機能していない

また、本書ではふれていないけど、ハイチがフランス語圏だったために、アフリカで多くの国が独立した1960年頃、アフリカのフランス語圏の国の国造りということでハイチ人がアフリカに渡った。ちょうどコンゴでエイズが広まり始めたころでハイチ人によってエイズがカリブ海にやってきて、そこからアメリカへー、とそういう後日談もある。