El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

旅する少年

「若くて旅を致さねば、年寄っての物語がない」(狂言「地蔵舞」より)

旅する少年

旅する少年

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 小説家 黒川創さん(1961年京都伏見生まれ・刊行時60歳)が、小学校6年生から中学卒業までに実行した驚くほど多くの一人旅の記録。12歳から15歳の頃にこんな旅をしていたこと自体が驚きであるとともに、無邪気な田舎の少年にすぎなかった自分との成熟の違いにも目を瞠る。

 バックグラウンドとしての家庭の状況(京都住まい・進歩的~左翼的両親)の違いはあるとしても、大人になるまで数えるほどしか地元の街を出たことがなかった私にとっては、ほぼ同時代(シラケ世代)である著者の旅をこの本で追体験させてもらうことで、自分が成しえなかった旅を64歳になって回想するようでもあった。読んでいる間はまるで著者になったかのような時間を過ごし、自分もまた小学校6年生から中学卒業の時間旅行をした思いだ。著者の旅の記録(膨大な数の写真・切符類・切手類)やその時代に書かれた文章も収載され、それによってますます著者が私に憑依する。

 あとがきに書かれた独在論(ソリプシズム)とそこからの脱却の話を読むと「自分は今になるまでソリプシズムに囚われている」のかもと思ってしまう。この読書による追体験が自分の未熟さをも気づかせてくれた・・・かなり「もう遅い」感はあるが。