El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相

これが「魔性の女」ということ?

セラノス事件・・・とにかく上昇志向の強い女性起業家が「指先採血で採取した数滴の血液から80種類もの検査をその場でできるという夢のような検査法」をコンセプトに会社を立ち上げ、バイオーメディカル分野のスタートアップ企業として莫大な投資を集めた。その金で多くの研究者を集めてコンセプトを実現するようにしりをたたきつつ、自分自身はあたかもすでにそれが完成したかのような振る舞いで、さらに投資を集め、カリスマ性のある若い女性として要人(シュルツ元国務長官・キッシンジャー元国務長官・マードックetc.)を篭絡し投資を引き出すは、会社の役員に据えるは・・・。

ちょうど、リーマンショックが終わって、FacebookやTwitterなどがスタートアップ企業として莫大な投資収益を上げていた中で、うまく資金を集める流れに乗ったのはいいけれど、「指先採血で採取した数滴の血液から80種類もの検査をその場でできるという夢のような検査法」というのが実現できそうもなかった。それでも、どんどん契約を前にすすめる心臓の強さというか、ある意味サイコパス?結局、既存の検査装置をこっそり使うなど詐欺まがい。

一方で、マスコミは大絶賛し、オバマやクリントンも広告塔に。当然、セラノスの社内は怪しげな検査で火の車、退職者続出し自殺者まで。やがて退職者からの内部告発から本書の著者であるウォール・ストリート・ジャーナル記者がすべてを暴くことになるのだが、その過程での弁護士を使った脅しの手口も恐ろしい。アメリカでは資本力がなければ裁判も戦えないので泣き寝入りなのだとよくわかる。

興味深いのは、どうして開発のすすまない検査装置に対する不安がまったくなくつきすすむことができるのかというホームズの心理と、キャリアも年齢も百戦錬磨のじいさんたち(80代90代でセクシャルなものは考えにくい)がいとも簡単に篭絡されていくという事実。写真で見るホームズは魅力的にも見える。何が彼女をそうさせて、何が彼らをそうさせたのか。

こんなインチキで何百億も金が動く投資社会アメリカ。コロナ禍もあって裁判は最近始まったばかりだ。

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ハイテクやITCの分野、さらには最近ではいわゆるグリーンテクノロジー(脱カーボン)業界では、大ぶろしきを広げて資金を調達し、本当の進捗状況を隠しつついずれ現実が追いつくのをただ願う・・・そんな風潮が許されている。夢を語って金を集めて、夢を実現させましょうというタイプのイノベーションだ。

しかし、バイオ特に直接患者の治療に関わる分野では、セラノスのように夢を実現させる途中で患者や健康を求める被験者に実害をもたらしかねない。それがヘルスケア・スタートアップの難しさだ。「血液一滴、尿一滴でがんを発見する」などという話は日本でも跋扈しているが、偽陽性で右往左往させられる被験者が続発するのではないか・・・そんな批判的な眼で見ることも必要だ。