El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(121)ー疲労と疲労感は別ものー

https://uuw.tokyo/book-guide/

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第121回目のテーマは「疲労」。告知や診断書で慢性疲労症候群なんていう病名を見かけることも増えてきました。

 疲れるってどういうことなのでしょう。それは、この本の前半を読めばよくわかります。さらに、疲労と疲労感の違いも大切です。疲れているのに疲労感を感じなくなってしまう恐怖。まずはそこらあたりから読んでみましょう。

 生理的疲労とは、エネルギー消耗時に、体内のタンパク質合成を止めて、休息を得るしくみです。これは真核生物翻訳開始因子eIF2α(mRNAからタンパク質を作るときに必要な因子=酵素)という物質をコントロール(=リン酸化による活性低下)することで実現されています。具体的には、ストレスによりさまざまなeIF2αリン酸化酵素がeIF2αをリン酸化することで以下の4つのプロセスが起こります。
①	eIF2αによるタンパク合成機構が阻害される→疲労回復
②	細胞のアポトーシス(細胞死)を誘発する→疲労回復
③	HHV-6(ヘルペスウイルス)を活性化する→ヘルペス発症リスク↑
④	体内で炎症性サイトカイン(IL-Iβ、IL-6、TNF-αなど)を発生させ脳に疲労感を引き起こす→疲労感を引き起こす

 一方で、外敵が襲ってきたなどの緊急時にはHPA軸(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis)が動くことで逆に疲労感が抑制される。つまり①②③の疲労そのものの体内現象は進行するが、④の疲労感は抑制されるという逆転現象がおこるのです。

 この逆転現象があるため、徹夜や過労で限界突破すると疲労しているのに疲労感だけが抑制され過労死(ストレス応答の疲憊期ひはいき)にまでいたる、そういうメカニズムなのですね。また、世の中のドリンク剤や薬剤(含む覚せい剤?、コーヒー・・)は疲労感を減少させますが疲労は減少しないので同様に危ない部分があります。疲労と疲労感のバランスのよい回復にはリン酸化したeIF2αを脱リン酸化する酵素の活性化を促すという意味では、軽い運動やビタミンB1摂取が良いようです。

 この本、ここまでの前半部分はそれなりに面白く、他の機関の研究でもおおむね認められているようです。ところが、ここからの後半、特にうつ病とSITH-1とHVV-6のあたりは、相関関係をめぐる話であり、必ずしも因果関係があきらかになっていないようです。著者がもっとも力を入れているようにみえるうつ病とSITH-1(シスワン)とHVV-6の関係を論じた部分では、「うつ病患者はSITH-1への抗体陽性率が高い」ことからSITH-1がうつ病の原因遺伝子と言っているのですが、その相関関係を因果関係に変換するための理屈が、「ストレスがまれな時代には敵からの逃れるのに有効だったSITH-1がストレス社会ではうつ病の原因となっている、そしてSITH-1こそがうつ病遺伝子だ」というのです。

 うーん、想像力の風呂敷ひろげすぎでは?「進化の過程で生き残りに有利だった・・・」という言い方は結構主観がはいりやすいので屁理屈で有利とも不利とも言いくるめられることが多いですよね。この話を「ノーベル賞級」と持ち上げていいものか?とかくウイルス研究者はなんでもウイルスが原因と言いがちでもあります。まあ、この後半は話半分くらいに考えておくべきだと感じました。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2024年2月)