El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

近江山河抄

私にはドライすぎる、白洲正子の語り口

近江の古寺のうち三井寺・石山寺に行ってみた。奈良・京都の寺社がインバウンド観光客であふれているのに比べたら静かだ。奈良や京都が古都として世界的に認知されているのに比べれば滋賀(近江)の位置は微妙だ。

歴史的にみれば、日本海側から渡来した渡来人が多く住んだことで、日本の王朝における朝鮮半島由来の部分はその多くが近江にあったのだろう。そのせいか、王朝が成立したあとも近江に都を作ろうという動き(大津京や紫香楽京)があったり、政変の際に近江の勢力を頼ってきて最後は近江で果てるパターン(壬申の乱、恵美押勝の乱など)、下っては東国武家政権が京の都を目指すときの最後の関門(承久の乱や織田信長などなど)・・・というわけで歴史の舞台になることが多い近江なのだ。

大都市になっても不思議ではなかったが、今となっては琵琶湖の水上交通も廃れ、東京・名古屋と京・大阪の間の通路みたいになってしまった。そんな近江を歩く紀行文が白洲正子「近江山河抄」。上に書いたような歴史もきちんと押さえ、かといって歩いて尋ねるという部分もしっかりしており申し分ないのだが・・・

これは白洲正子が書いたものを読んでいつも感じることでもあるが、なかなか内面が出てこない。白洲正子ではない碩学の誰か、たとえば男性が書いたものとしてもぜんぜん不思議ではない。なにかアッサリしすぎている・・ドライな感じ。自分の人生に引き寄せて情感こめてという部分が欠落している、それが白洲正子流なのかもしれない。