El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

杉本博司自伝 影老日記

絢爛たる成功者にも見えるが・・・

写真をベースにした現代美術家ーそういうくくりでは捉えきれないほど多方面に活躍している杉本博司氏(現在75歳)の自伝、日経に30回にわたって連載した「私の履歴書」をベースに大幅に加筆・改訂したもの。

杉本氏の作品に触れるようになったのはここ10年くらいのことであるニューカマーの私にとっては、写真家としての活動の始まりとさまざまな芸術活動や古美術趣味が氏の中で組み合わされてきた歳月のことはこれまで謎!であったが、本書を通してずいぶんすっきりと理解できた。

人生の成功に向かってあまりにもうまく進んでいき、コーナーコーナーでいい出会いがあり、「なぜこんなにうまくいくのか?」という感想も抱くが、おそらくは苦労の部分はあまり表に出してはいないのだろう。途中に登場する友人や後援者で非業の最期を遂げた人も多い。

そんな杉本氏も75歳、人生の集大成として小田原の山の上に「江の浦測候所」という施設を作っている。私は小田原に二年ほど住んでいたことがあり海岸に出て西の夕日を眺め伊豆半島の入口にあたる山越しに雄大な富士のシルエットを楽しんだ。伊豆の入口のその山の上に「江の浦測候所」はあるらしい。

才能や成功をうらやむ気持ちもあったが、お互いに高齢化してくると9歳という年齢差はあってないようなものになってしまい、結局のところ終着駅は似たようなものかという気にもなるのは私自身も歳をとったということか・・・

氏の文章は短めで小気味がよく読みやすい。何冊か関連書を読んでみたい。

若い才能にくらくらしていたが、こうして同年代以上の作品を読むと和やかな気持ちになれる。昭和の後半そして平成という同時代を生きてきたという安心感なんだろうか?

私は写真を媒体として写真を裏切り、現代美術家として世に出ることを決意した。(P55)

「そして死ぬのはいつも他人」(デュシャンの墓碑銘)(P56)

(大阪中之島の国立国際美術館について)感性のない役人の言うことを全部聞いていたらこんなことになる。言語道断の建築。(P151)