ー 進化生物学者が考えるがん治療戦略ー
気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。新年度になりました。第111回目のテーマは「がんの進化」。「がん」が進化するってどういうことなのでしょう。進化生物学者が「がんの進化」の解明に挑む本「がんは裏切る細胞である」を紹介します。
進化生物学者が「がん」について考えると、現在の治療(特に「がん遺伝子パネル検査」がからむような、個別化高価格治療)がいかに的を射ていないかよくわかる―そういう意味で注目すべき本です。
大きく3つのパートから構成されています。
(1)「がん」ができる理由
多細胞生物は細胞分裂を繰り返しながら成長し、一方で世代交代しながら種としても進化していきますが、この特徴はまさに個体(の細胞分裂)レベルでも繁殖時の世代交代レベルでも遺伝子が変異することを利用したものです。そして、この特徴はそのまま「がん」ができてしまうこととトレード・オフの関係にあります。逆に言えば、ある多細胞生物種が「がん」ができないように変異に対して非寛容であれば、種の進化に対しても非寛容となり、環境に適応した進化ができず滅亡してしまいます。つまり種として繁栄している多細胞生物は、それなりに遺伝子変異を許容する仕組みを内包しているわけです。
(2)「がん」が淘汰をいかにして逃れているか
この部分はかなり基礎研究的で理解するのに骨が折れますが、生態系(微小環境・微小循環など)・協力理論などを駆使して解説されています。アナロジーとして「DDTと害虫駆除」や「多剤耐性菌と抗生物質」の関係が挙げられており、そこから理解するとわかりやすいです。
がん細胞も遺伝子的には均一ではなく多様であり、また未来に向かっても多様に進化していくので、現在のがん細胞を死滅させようと効果のある抗がん剤で治療すると、耐性を持ったがん細胞が生き残り進化する。それと同時に抗がん剤で破壊された環境は、そのあらたなるがん細胞の悪性の振る舞いを助長するんですね。叩けば叩くほど、悪くなっていくということです。
(3)それらを踏まえての新しい治療戦略は「適応療法」
今ある「がん」をやっつけすぎない、ただし患者の命にかかわる程度にまでは増殖させない…そんな治療戦略が提示されています。もちろん、初期のがんで外科的に完全切除できるものは切除すればいいのですが、そうできなくなった場合にあえて抗がん剤で叩きすぎないようにして「がん」との共存をめざすべきということです。
この本を読んでみると確かに、がんの遺伝子変異に着目して変異遺伝子やその変異がもたらしたタンパクを攻撃する抗体医薬を基盤とした「がん遺伝子パネル検査」がまさに絵にかいた餅であることがわかります。ちょっと考えればわかりそうなことなので、製薬メーカーや研究者も確信犯的にやっているのかもしれませんが・・・どうなっていくのか「がん治療」と心配しつつ新年度もよろしくお願いします。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年4月)