El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(107)ー横浜で死にたくない!-

ー横浜で死にたくない!-  https://uuw.tokyo/book-guide/

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第107回目のテーマは「日本の死因究明制度」。

テレビドラマでは女性監察医を主人公にした事件もののドラマをよく目にしますが、まるでアメリカの検死官制度が日本にもあるかのようなストーリーで現実とはかなり乖離しています。ドラマの視聴者は日本の死因究明制度をそれなりに整備されたものだと思ってしまうのかもしれませんが、その実態は驚くべきものなのです。

「日本の死因究明制度がいかにダメか」というテーマの本はこれまで何冊か出版されていますが、その多くは歯切れの悪いものです。というのは、これらの本は法医学医師(多くは大学の法医学教室の教授・元教授)が退官前後に書いたケースが多く、著者自身が当事者の一人でもあるからでしょう。

そこで今回は、調査報道に携わる国際ジャーナリストの山田敏弘氏が書いた、「死体格差 異状死17万人の衝撃」を選んでみました。著者が医師ではないので、いい意味でこれまでの死因究明本とは一味も二味も違います。
章ごとに紹介しますと―――

● 第一章 日本の死因究明に関する基本的な事実
 異状死体(まあ病院外で発見された死体と考えてもいいでしょう)が発見され警察に通報されると、まず警察官の中で検視官資格をもつものが目視による検視を行います。その時点で「事件性がない」と判断された場合は、地域の開業医で警察と協力関係にある医師(警察医)が死体の検案(主として表面観察)を行い、「心不全」などの死因を記載した死体検案書が作られます。そしてその後、葬儀・火葬となります。
 検視官は警察官なので医学的な死因究明の知識はほとんどなく、この検視官-警察医ルートの死因決定はかなり形式的なものというのが実情です。
一方、検視官が「事件性あり」と判断すれば死体は司法解剖に回されます。この司法解剖に回すかどうかのハードルは地域によって異なります。監察医制度が機能しているのは東京23区・大阪市・神戸市ですが、それ以外の地域では大学の法医学教室に依頼することとなるので、そのハードルはかなり高くなります。そのため、少々事件性が疑われても上述の検視官-警察医ルートで安易に死因が決められているのが現実です。
異状死体の解剖率は東京都が17.2%ですが、最低の広島県では1.2%しかありません。この地域差がそのまま「犯罪の見逃し」につながっています。さらに、以下の章では実在の法医学者のインタビュー記事をもとに、日本の死因究明の諸相が描かれます。

● 第2章 大野曜吉・元日医大法医学教授 
 警察官である検視官が事件性の有無のキャスティング・ボードを握っているため、警察が描いた事件のストーリーに沿った判断をしてしまいやすく、それが「犯罪の見逃し」と「冤罪」につながることを強調しています。検察が自分たちに都合のいい鑑定結果を持ち出してくるのは日常茶飯事のようです。

● 第3章 岩瀬博太郎・千葉大法医学教授 
 「日本の法医学は科学的というより、警察の意に沿わされてしまうほど未熟…、特に問題となるのが、犯罪の見逃し」と同じ問題意識です。警察庁が2011年に公表した「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方について」によれば、1998年から2011年までに発覚した死亡ケースで犯罪を見逃した件数は、時津風部屋事件、後妻業事件など43件。これはのちに別件などから発覚したものなので、実際の見逃しはこれよりもかなり多いでしょう。そもそもよほどのことがないと法医学者のところに異状死体が持ち込まれない制度そのものに問題があります。
そこを改善するため、2013年、「死因・身元調査法」により制度として遺族の承諾を必要としない新しい解剖制度「調査法解剖」ができました。しかし、実態は制度だけで法医学的受け皿は何も手当をしていないという悲しい現実があります。
極めつけは、当時の警察庁刑事局長(金高雅仁氏)が問題のある神奈川県の解剖医(第6章)を視察し、10万円程度で短時間に多数の解剖を請け負っている姿を賞賛。それを基準に調査法解剖の実施を指示するという、とんでもない判断です…。

● 第4章 奥田貴久・日本大学法医学教授 
 アメリカで著名な日本出身の法医学医、トーマス・野口のもとに渡り、アメリカ流の検死官制度を学んだ奥田氏によれば、アメリカでは警察からまったく独立した検視局があり、そこで働く医師の給与も高いようです。ドイツ流の警察主導で行う死因究明の上に戦後アメリカに監察医制度を持ち込まれた日本では、監察医制度が機能しているところ(東京23区・大阪市・神戸市)とそれ以外の地域との差がとてつもなく大きいのです。

● 第5章 清水恵子・旭川医科大学法医学教授 
 テレビドラマの法医学者は女性が多いですが、現実の世界でも清水先生のように女性の法医学医が増えているようです。司法解剖により冤罪であることを法医学的に証明すると、ネット掲示板やSNSなどで社会から言われのない非難を受けるという話には恐ろしいものがあります。

● 第6章 世界一の解剖数をこなす横浜の「横浜監察医務研究所」の医師(匿名)
 神奈川県では法医解剖の費用を葬儀社経由で遺族に払わせており、たびたび問題になっています(神奈川問題)。その制度をいいことに監察医として開業し信じられない(普通の感覚では本当にきちんと解剖しているとは思えない)ほど多件数の司法解剖を実施している医師が横浜にいるのです。この医師のインタビューは初めて読みました。この医師のやりかたを推奨するような発言をした警察庁刑事局長(前述)。刑事局長の発言によってこの医師がお墨付きを得た、という発言をしているのには驚きました。

● 第7章 早川秀幸・筑波メディカルセンター病院剖検センター長 
 早川氏は、死後画像=Ai(Autopsy imaging)を実施しています。裁判員裁判でマクロ画像を使用するのはリアルすぎるので、Ai画像を使うという発想です。

 年間約17万人の異状死――高齢化が進む日本では、孤独死など病院外で死ぬ「異状死」が増え続けています。そのうち死因を正確に解明できているのは一部に過ぎず、犯罪による死も見逃されかねないのが実情です。なぜ、死ぬ状況や場所・地域によって死者の扱いが異なるのか。コロナ禍でより混迷を深める死の現場を、赤裸々な証言で浮き彫りにしてくれる一冊です。特に第6章の横浜監察医務研究所の異常な解剖数は以前から注目してきましたが今回の取材では開き直りとも思える発言もあり驚きです。保険会社に届く死亡診断書や死体検案書の裏には深い闇があるのです。

年末、やや暗い話題になりましたがコロナ3年目の2022年も残りわずか。来年もまたよろしくお願いします。よいお年をお迎えください。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2022年12月)