El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(101)―コロナワクチン・光速の開発力―

アンダーライティングのためのブックガイド(101) 再開しました

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。2021年末に第100回を掲載以来6カ月の充電期間を経ての再開です。充電期間中に査定歴25年となった自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。第101回目のテーマは「コロナワクチン」。

今も世界中で繰り返し接種されているCOVID-19に対するmRNAワクチンの代表選手であるファイザーのワクチンの開発の全プロセスがわかる一冊です。ファイザーのワクチンとは言っても、ファイザーはいわば発売元であり開発・製造しているのはドイツの会社ビオンテック社。

ビオンテック社はトルコ系ドイツ人(ドイツが労働力不足からトルコ移民を多数受け入れていた時代に移民してきたトルコ人二世)夫妻が2008年に作った会社。夫妻とはウール・シャヒンとエズレム・テュレジ。それぞれケルン大学とザールラント大学出身の医師で起業家です。

ビオンテック社は創業以来、mRNAを使った「がん免疫療法」の研究と実用化を目標としてきました。21世紀になってそれまで扱いにくい分子であったmRNAが多くの研究者の努力によって次第に治療薬として使える可能性が見えてきていたんですね。それは、たとえば参考カタリン・カリコの開発した技術などです(参考書籍)。

ビオンテック社では、それらの技術を統合し、さらに日々出現する新手法に目を光らせ、治療対象である「がん」の抗原部分のDNA配列さえわかれば
 ① それに相応するmRNAを人工的に作り
 ② そのmRNAをがん患者に投与することで生体にmRNAから抗原タンパクを作らせ
 ③ さらにそのタンパクが攻撃目標として認識され免疫反応を引き起こし
 ④ その活性化された免疫反応で「がん」そのものが攻撃される

という一連のプロセスを完成しつつあったのです。

まさに、そのドンピシャのタイミングでCOVID-19パンデミックが起こります。武漢からヨーロッパに感染が広がり始め、中国の研究者がウイルスの遺伝子配列をインターネットに公開したのが2020年1月10日、ウール夫妻は自分たちのmRNA技術でCOVID-19に対するmRNAワクチンを作ることを決意したのは1月21日。

そこからウールの言う「Project Light Speed(光速プロジェクト)」がスタートしました。テクノロジー・人員・資金・治験・政治的駆け引きなどなど、さまざまに絡み合いながら進行しワクチンが完成し認可を受け、最初の一般人に接種されたのが10ヶ月後の2020年12月8日、驚異の速度です。

ワクチン開発は単に研究が好きなだけではできません。テクノロジーへの目配せ(驚くべき論文読破量)・周辺技術への配慮・資金繰りにロジスティクス、そして何よりも人間に使用するための何相にも及ぶ治験。それらを着々とこなしていくビオンテック社のチーム力とウール夫妻の指導力はすごい。研究が好きなだけではなく、現実社会における実行力がものをいうんですね。

さまざまなことがジャスト・タイミングで一気に結合して光速のワクチン開発。そしてそれが何十億人に接種されているという現実。もちろんビオンテック社とファイザーの得た利益も桁外れです。

感染爆発で給付金の支払は急増してはいるもののコロナ以外の原因も含めた国内死亡者数は大きな変化がみられず保険会社にとってはワクチン接種は大きな恩恵だったと考えていいでしょうね。それでは、また次回!(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2022年6月)

(参考書籍)