El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

悪魔の細菌

超多剤耐性菌 VS ファージ

「パターソン症例」(2016)という感染症分野で有名な症例があるらしいのだが、本書の共著者、トーマス・パターソン氏がまさにその「パターソン症例」その人。

パターソン氏は抗生物質が効かない超多剤耐性菌のひとつアシネトバクター・バウマニという細菌感染で敗血症を繰り返し死の淵まで行きながら、妻(著者の一人、ストラスディー氏)の必死の努力で細菌を殺すウイルスであるファージによる治療を受けて奇跡の回復をとげた。その実話を当時のSNSへの書き込みやメールのやり取りなどの記録を駆使して400ページの圧巻のドキュメンタリーができた。

本書の日記風記載をなぞると

  • 2015年11月29日-12月3日:観光で訪れたエジプトのルクソールで夫(68)が突然の体調不良を起こし急激に悪化するも現地の病院では手に負えない状態に。
  • 2015年12月3日-12月11日:旅行保険の保険会社の手配で専用機でフランクフルトに運ばれ入院、胆石の陥頓による急性膵炎で膵臓の一部が溶け仮性嚢胞(フットボール大)ができそこに多剤耐性菌アシネトバクターが感染していることが判明。
  • 2015年12月12日-:専用機で自宅のあるサンディエゴに移動、そのままUCSDソーントン病院のICUに入院。多剤耐性で抗生物質が効かず一進一退しながら次第に悪化していく。
  • 2016年1月17日-:敗血症+呼吸不全で人工呼吸器管理に。腎機能も低下、敗血症も一進一退で次第に消耗し助からない確率80%と言われる。抗生物質が効果がないため打つ手なしの状態。
  • 2016年2月21日-:疫学研究者(医師ではない)の妻はネット(PubMed)で必死に治療法を探しファージ療法の存在を知る。アメリカ国内のファージ研究者に助けを求めるメール。患者(夫)は死線をさまよう状態。
  • 2016年3月17日-:ファージ療法開始(アメリカでは初)、一時はファージに対する耐性も出るが複数のファージの組み合わせ、あるいはファージ+抗生物質で細菌感染が沈静化していく。
  • 2016年8月12日:リハビリを経て退院。発病から259日目。

怒涛の展開で400ページを一気に読んだ。教訓は4つ。

1. 多剤耐性菌の恐怖。抗生物質の過剰使用で耐性菌が激増しているという現実。家畜の発育促進目的であったり魚の養殖の局面で大量に使われ耐性菌を作り出している。

2. ファージ療法の可能性。ロシアやグルジアなどの共産圏では以前より使われることがあったが抗生物質全盛時代にぶつかって表舞台から消えていた。耐性菌の出現で新たな可能性が。

3. 旅行保険の重要性。海外、特に途上国に行く場合など専用ジェットによる移動などカバーされている保険であることが重要。

4. 記録の重要性。日常的にSNSでメモをとる習慣があったことから緊急時でも記録が残っていたことがこの本につながった。いやむしろ日々の変化が写真も含めてSNSに記録されていることで一連の出来事をリアルに再現できている。

↑  UCSDのファージ療法のページ。著者のYouTube動画や写真など。