El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ

mRNA 一筋40年、コロナ禍で花開く

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンといえばファイザー、モデルナが代名詞のようになっているが、これらはmRNAが史上初めてワクチンとして人体に使用されたもの。それって大丈夫なの・・・という思いもあるかもしれないが、mRNAワクチンの実用化ができた!というタイミングでCOVID-19がやってきたというまさに歴史の偶然。もちろんパンデミックのためにやや性急な感じで認可されて世界中で使われているという面もあるだろうが。

歴史の偶然とはいえCOVID-19発生から1年程度でワクチンができたことは驚き。最初の頃はワクチン開発まで数年はかかると言われていた。それが1年で世界中で接種されるようになるには多くの物語があるのだが、mRNAワクチン作成の基礎技術のかなりの部分を発見したのがこの表紙の女性、カタリン・カリコ。

カタリン・カリコは1955年ハンガリー生まれの研究者、ハンガリーのセゲド大学・研究所の頃(1980年前後)にRNA研究を始める。1985年研究者としてアメリカへ。その後も安定しない身分や収入にもかかわらず、RNA研究を続ける。

mRNAを細胞に挿入して特定のタンパクを作るという(細胞は生体ではない培養細胞なのでいわゆるin vitro)研究をずっと続けてきた。確かに、mRNAを準備すればどんなタンパクでも作れるというコンセプトは今考えるとすばらしい。しかし、当時(2000年前後)のバイオテクノロジーのレベルではコンセプトどまりで、あまり評価もされなかった。

一番の障害は作ったmRNAを細胞に入れると(あるいは生体に投与すると)抗原性が高く異物と認識されて激しい炎症を引き起こし細胞が死ぬこと。ここへのブレークスルーをカリコと共同研究者ワイズマンが発見した(以下のステップ)

  • mRNAではなくtRNAであれば炎症を引き起こさない
  • mRNAとtRNAの違いはウリジンがtRNAでは修飾を受けていること
  • よって、mRNAのウリジンにtRNAと同じ修飾を施せば炎症を引き起こさない
  • さらに修飾のかわりにmRNAを作るときにウリジンをシュードウリジンにすれば高効率でタンパクを作れる「Kariko-Weissman Technique(2012年特許)」

幸運なことに、ちょうど21世紀になり抗体医薬など生物学的創薬がポピュラーになり、mRNA創薬の周辺技術が整ってきたこともあり、そうした医薬ベンチャーの時代が来ていた。2013年カリコはドイツのベンチャー企業ビオンテックの副社長として招かれる(年齢を考えれば特許使用のため?)。そしてビオンテックがファイザーと協業してCOVID-19ワクチンを作ることに。

カリコ氏は一躍ノーベル賞候補に。研究人生の終盤にコロナ禍がおこり、これまでの研究が一気に花開いた格好になった。努力する者の上に神は微笑むということか。

→Natureの特集記事は一読の価値あり 。ビオンテックやモデルナにはまたそれぞれの物語があるようで、これから読んでいく予定。

www.nature.com