El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

続・私の本棚 (7)「寿命」還暦過ぎて自覚したのは

還暦過ぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのセカンドシーズン「続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学」です。

第7回のテーマは「寿命」です。(ちなみにファースト・シーズン「私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を」はこちら

いつまでも若く健康なままで生きられる!
ハーバード大教授の老化研究

高齢化社会だからでしょうか「寿命」をテーマにした本が増えています。そんな中からまずは「LIFE SPAN ライフ・スパン 老いなき世界」という、コロナ禍にもかかわらず気楽そうなタイトルの本を選んでみました。

サブタイトルは「私たちは、いつまでも若く健康なままで生きられる!」…そんなバカな…眉唾…!?と最初は思いましたが、読んでみると著者はハーバード大学教授で老化研究の第一人者。老化研究の最前線の話は確かに説得力があります。

 老化の原理から説き起こし、老化は逃れられない運命ではなく、一種の疾患であると考えることを提唱します。ウェルナー症候群という遺伝子異常による早老症がありますが、例えば人類全体がそれよりは軽い早老症にかかっていると仮定してみるわけです。なんだか常識を覆す感じが面白そうです。

著者の理論の根底にあるのは「サバイバル回路」という考え方。これは生体内のエネルギーを自己保存と自己再生産のどちらに振り向けるかということ。40億年前に地球上で原初の生命が誕生した頃の地球は超高温や超低温、さらに宇宙からの放射線などで生物の生き残りには厳しい環境だったわけです。

そこで原生生物は、そういった環境でDNAが傷つくと細胞分裂や生殖といった自己再生産をいったん中止し、傷ついたDNAの修復にエネルギーを振り分けるという戦略をとりました。この臨機応変なエネルギー消費のスイッチ・メカニズムがサバイバル回路です。

著者の研究によると、このサバイバル回路はDNAそのものにコードされているわけではなく、脱メチル化酵素の活性や修復しなくてはならないDNAへのアクセスのしやすさなど、いわばDNAの周辺状況(=エピジェネティックス)によってコントロールされているとのこと。

DNA自体はデジタル情報なので修復しさえすれば劣化しませんが、エピジェネティックな環境はデジタルではないので使いすぎたり使わなさすぎたりすると劣化していきます。そうするとエネルギーの適切な配分が行われなくなり損傷DNAの修復が行われなくなる、これがまさに老化を引き起こすのです。

このサバイバル回路老化理論を、酵母やマウスを使った実験で順序だてて解き明かしてくれるので、読んでいるうちにすっかり納得させられてしまいます。

現代人はどちらかというとサバイバル回路を使わない方向で固着・劣化しており、その状態が現在の平均寿命をもたらしています。そこで人為的にサバイバル回路を使う方向に活性化してDNA修復能力を復活させれば、それが老化を防ぐことになるというわけです。筆者はこれを「DVDの表面についた傷をきれいにして正しく再生できるようにする」と例えています。

具体的な例として、日常的には「食べる量を減らす」「間欠的断食」「アミノ酸制限」「運動」「暑さ寒さに適度に身をさらす」――なんだかよく言われている健康法に近いのですが、つまるところ適度なストレス・飢餓が必要ということですね。

同じ効果をもたらす薬として挙げられているのが、糖尿病の薬としてよく使われるメトホルミンなので驚きです。もう一つがNAD(ニコチン酸アミド)の前駆体NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)というサプリメントです。検索して見ると、なるほど世間的には結構有名な話なんですね…不勉強でした。

そんなこんなで、寿命は130歳くらいまではのびるという結論になります。「なるほど」とは思ったものの、私はやはり一抹の「本当かな?」という思いもぬぐいきれてはいません。とりあえずステイ・ホームの中、「減食」と「ウォーキング」は続けようかなと思います。

寿命を遺伝子レベルで研究すると…

2冊目のタイトルはズバリ「寿命遺伝子」です。寿命に関わる12の遺伝子について、それぞれの研究のミニストーリーを集大成した本です。

寿命遺伝子研究の基本路線は、
 (1) 線虫やショウジョウバエやマウスを使い、特定の遺伝子を欠落させて長寿化や短命化を測定し、候補遺伝子を絞り込む
 (2) 候補遺伝子のクローニング(配列の決定)からコードするタンパクを解明する
 (3) そのタンパクが示す長寿分子としてのメカニズムを解明する
 となります。

線虫からage-1、daf-2、daf-16。ウェルナー症候群からwrn。特定の遺伝子を欠落させたノックアウトマウスの研究からigf1r、rest。時計遺伝子研究からclk-1。ショウジョウバエ研究から酸化ストレスと関わるShc、methuselah。酵母からは欠落させると短命になる sir-2。そこから進んで、いわゆるカロリー制限で寿命が延びるというサーチュイン遺伝子。その代謝上の下流にあるのが tor。さらにampk…と、都合12の寿命遺伝子の解説が続きます。

それぞれの研究には競争があり、ノーベル賞を得たり・逃したり、この分野も競争は激しいです。しかし、一般人にとってはどうもそれぞれの違いがわかりにくく、いささか退屈かなと思います。

これまでの人類の長寿化は主として衛生環境や栄養などの外部要因だったことを考えると、先進国の限界寿命をのばすよりは途上国の外部要因を整備することのほうが効率的でしょう。

ここに挙げられた12の遺伝子やそれらが作るタンパクを研究する意義がどこまであるのだろう、そして、それがわかったからと言って、ヒトの寿命がこれ以上伸びるのだろうか、いや伸びてどうする?という疑問が湧いてくるのでした。

還暦過ぎ医師が「死んでいくべき身」と自覚

そこで3冊目は、寿命をその終着点である死から解き明かす本「生物はなぜ死ぬのか」です。

死のメカニズム研究と長寿研究は、まあ裏返しの関係でもあります。長寿の不確かさに比べれば、死ぬことは確実なので死のメカニズムは理解しやすく、理解することで死というものが受け入れやすくもなり、逆説的にわかりやすい寿命論になっています。

進化に沿って、混沌とした世界の始まりの中から偶然生まれたRNAやDNAそしてウイルス、細菌、単細胞生物、昆虫、マウス、人間と順繰りに誕生と死のメカニズムを解き明かしていきます。その根本にあるのは、有利なものは生き残り、そうでないものは死滅する、そしてその分解産物が有利なものの増殖に使われるということです。

生き残った有利なものにも常に多様化するための遺伝子の改変がおこり、その結果またさらに有利なものが生き残り、そうでないものは死滅する…「多様化と選択の繰り返し」という進化の大原則をまず理解しましょう。

この多様化を得るメカニズムは生物によってことなりますが、ヒトのような有性生殖においては精子や卵子ができる時の減数分裂の際におこる相同組み換えがメインです。あなたの素になった父親の精子には父方の祖父母の遺伝子が、母親の卵子には母方の祖父母の遺伝子があちこち組み換えられてまだらな紐のように詰まっています。

その組み換え方は精子一匹一匹、卵子一個一個で異なります。これってアタマがくらくらするほどすごいメカニズムですよね。このように精子や卵子で多様化を実現し、同時に生殖によって世代交代を実現するということ=子を作ることこそが、種としての最高の若返りなのです。

一方で、われわれ自身、つまり個としての私の中では、細胞が分裂を繰り返すとゲノムに変異が蓄積し、がん化のリスクが高まります。これを避けるため免疫機構や老化のしくみを獲得して、変異を起こした細胞の入れ替えを可能にしてきました。

これで若い時のがん化はかなり抑えられます。それでも55歳くらいが限界で、そこからはゲノムの傷の蓄積量が限界値を越え始めます。異常な細胞の発生数が急増しそれを抑える機能を超え始めるのです。

つまり、細胞の老化を防ごうとすればがん化のリスクが高まるというトレードオフがあり、55歳をすぎると老化に舵を切るようにできているのです。そうしたバランスの中で進化を通して獲得した想定寿命(55歳)が決まっているということです。

ところが自我意識をもつほど脳が発達したヒトは、個としての自分の幸福や長寿を求めてしまいます。その結果として少子化が起こり、個としての長寿志向が起こり、ヒトは種として若返ることを忘れてしまう。そして想定寿命を20年も30年も超えて生きようというのですから、それは病との闘いにならざるをえません。

著者は最後に「生物は利己的に偶然生まれ、(次の世代をつくり)公共的に死んでいくのです」と書いています。55歳をとうに過ぎ、すでに子どもが独り立ちした私としては、まさにこの先、粛々と公共的に死んでいくべき身であると思い知るのでした。そして、その自覚を得ることで清々しい読後感となりました。

まとめと次回予告

医療はほとんどの場合、命を長らえさせることを目指しているわけですが、想定寿命を超えて増えてくるがんや生活習慣病はヒトの進化の結果であり、身も蓋もない言い方をしてしまえば想定寿命を少し超えたくらいで「死ぬ」ことが種としてのヒトにとってはベストなのでしょう。

個人の長寿願望と、種としての適正寿命のバランスをどうとっていけばいいのか。そんな哲学的な問いは当然あってもよさそうですが、そこには優性思想のような、別の倫理的な問題もからんで難しいところですね。公共的に死ぬのも実際にはなかなか困難です。

手放しの長寿礼賛があり、それが超高齢者社会や少子高齢化社会を作り出し、種としてのヒトの未来に暗い影を落としていると言えるのかもしれません。そんな少子高齢化、日本や欧米だけの問題でもなくなっています。中国やインドの人口も早晩減少に転じるらしいですね。人口の増減や年齢構成の変化は医療政策にとっても大きな要素です。

というわけで、次回のテーマは「人口」です。「日本の少子化 百年の迷走」・「人口減少社会の未来学」・「2050年世界人口大減少」の3冊から読み解いてみたいと思います。

 次回もご期待ください。