El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(94)―クスリをめぐる現代史―

 

 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴24年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「ジェネリック薬」。今回とりあげた「ジェネリック―それは新薬と同じなのか」を読めばジェネリック薬の歴史だけでなく、近代薬剤の歴史のすべてが見えてきます。


工業的に合成された薬剤が治療薬として使われるようになったのは20世紀なってからです。そうした薬剤には最初から命名ルールがあるわけもなく、例えばバイエル社の解熱鎮痛剤のアセチルサリチル酸(一般名)はアスピリンという商標名で呼ばれるようになり、いつのまにかアスピリンが一般名になる・・・というような時代ですが、もちろん化合物としての特許制度はありました。


1960年代に入るとそうした薬剤の特許が切れる時代が到来します。そうすると化合物としての一般名は同じですが先発薬(ブランド薬)とは違う商標名のジェネリック薬が登場してきます。ジェネリック=「一般名」という意味です。ジェネリック薬が登場したころはブランド薬との同等性について議論があり、ブランド薬企業は当然、同等性の無さを証明しようとし、ジェネリック薬企業は同等性を証明しようとし、双方さまざまな政治的活動が繰り広げられました。


ジェネリック薬にとって大きな節目になったのはレーガノミクスの時代1984年の「ハッチ―ワクスマン法」(薬価競争及び特許期間回復法)ですから意外と最近です。これは、ジェネリック企業には簡略申請でジェネリック医薬品の市場を拡大する道をひらくと同時に、先発薬企業には特許期間延長によって新薬市場を保護することで、先発品企業と後発品企業それぞれに利益を与えてバランスを取り、全体として米国の医薬品産業の発展を促進しようとするものです。このハッチ―ワックスマン法以来、ジェネリック医薬品の承認に必須要件であった治験データが不要となったのでジェネリックメーカーは莫大な治験経費を投ずることなくジェネリック薬を安価で市場に送りだすことができるようになりました。このジェネリック薬の簡略承認方式が日本を含めこの後の世界標準となっていきます。


21世紀になりジェネリック製薬会社もグローバル化しブラジル・インドと軸足を移し、これらの国で作られた薬剤が先進国に逆流入し、国ごとの品質管理の杜撰さや公的規制の違いもあって再び薬剤としての「同等性の危機」が叫ばれているのが現在です。


処方薬全体に占めるジェネリック薬の比率はアメリカが92%、欧州諸国の70~80%であるのに比べ日本は20~30ポイント低いんですね。そこで2017年から政府の掛け声でジェネリックの比率目標80%を設定し、処方や調剤に占めるジェネリック薬比率によって処方料や調剤料を変える作戦にでました。医師はいわゆる商標名ではなく成分名処方をし、薬局で患者(=消費者)がブランド薬にするのかジェネリック薬にするのかを選ぶというパターンが増えています。調剤薬局ジェネリック薬を勧められるのはそういう仕組みからなのですが、患者さんに選ぶだけの知識があるはずもなく、薬剤師もそのやり取りに微妙なものを感じているのではないでしょうか。


国内でジェネリック薬を売っている側にも、胸をはって先発品と同じとは言えないような出来事が増えています。2020年にはジェネリック薬の製造過程で他の薬剤が混入し死者が出るという事件がありました。また2021年になって大手のジェネリック薬メーカーが長年の製造不正で営業停止になったりするなど、さまざまな問題が発生しています。


21世紀になり時代は抗体医薬などの高分子標的薬の時代になり、その後発薬はジェネリックではなくバイオシミラーと呼ばれています。そしてバイオシミラーにもまた新たな「同等性の危機」が出現しつつあるのです。多くのプレーヤーがいてわかりにくい薬剤の世界ですが、ジェネリック薬を中心においたこの本を一冊読んでみてかなりクリアに理解できました。おすすめです。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年7月)。