El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

続・私の本棚 (2)医師にも身近「LGBT」

医師も他人事ではない――LGBTを意識せざるを得ない時代

 還暦過ぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのセカンドシーズン「続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学」です。

 第1回「アスベスト問題、今読みたい医師推薦3冊」に続く、第2回のテーマは「LGBT」です。(ちなみにファースト・シーズン「私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を」はこちら

 ここ10年くらいの間に、LGBTというワードが随分とポピュラーになりました。差別をなくそうという運動が活発になり、一方で差別的発言もあり、さらには差別的発言へのバッシング騒ぎもありました。そのせいで、医師としてはなんとなくあまり関りたくないワードになってしまったのではないでしょうか。

 そもそもLGBTというワード、レズビアンとゲイとバイセクシュアルとトランスジェンダーの頭文字を連ねて性的マイノリティ全体を象徴しているということなのですが、それ自体がわかりにくいです。

 一方で、社会的認知がすすんだことで医療者が患者さんとしてだけでなく同僚として、そうした性的マイノリティの人たちと接する機会も増えてきています。

 今回は性的マイノリティに関する用語や、治療の現在地がわかる本を選んでみました。

性的マイノリティを知るポイント2つ――性自認性的指向

 最初の本「LGBTとハラスメント」は性的マイノリティとは何なのかを、きわめてわかりやすく解説してくれる一冊です。

 ポイントは「性」について4つの軸で考えるということです。以下がその4つです。

 (1)法律上(出生届上)の性
 (2)性自認(Gender Identity):自分の性をどう認識しているか
 (3)性表現:社会的にどうふるまうか(服装・言葉など)
 (4)性的指向(Sexual Orientation):自分の性愛・恋愛感情がどの性に向かうか

 このうち最も重要なのが、(2)の性自認(GI=Gender Identity)と(4)性的指向(SO=Sexual Orientation)です。

 性自認が法律上の性と同じであればシスジェンダー、逆であればトランスジェンダーとなります。一方、性的指向が法律上の性と同じであればホモセクシュアルで、逆であればヘテロセクシュアルとなります。

 GIとSOは全く別の概念なのだという理解が大切です。

 性的マジョリティとは、シスジェンダーヘテロセクシュアルということになります。性的マイノリティの人々もそれぞれ、例えばレズビアンとゲイは、シスジェンダーホモセクシュアルということになります。レズビアンとゲイは、GIについてはシスなので性自認で悩むということはありません。

 一方、トランスジェンダーは法律上の性と性自認が一致しないのですからその違和感・悩みが深く、性別適合手術を必要とすることもあります。つまり性別適合手術を受けるのはほぼトランスジェンダーの人たちなのだということが理解できます。

 このようにGIとSO(二つ合わせてSOGI【ソジ】という)にわけて考えるとすっきり理解できますよね。

 2020年に、職場におけるパワーハラスメント防止対策について法改正がなされ、「相手の性的指向性自認に関する侮辱的な言動」や「労働者の性的指向性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に曝露すること(アウティング)」はパワハラに該当するとされています。SOGIについてのパワハラということでSOGIハラと呼ぶらしいです。

 LGBTについての社会的認知がすすんできて、とくにトランスジェンダーの人が性別変更手術を受け性別を変更することが増えています。それは急に増えたというのではなく、社会の中で認知されずにいたものが認知されてきた結果と考えられます。

 そして、社会に一定の割合で性的マイノリティが存在することを普通のことだと考えるべき時代になっているのです。SOGIを理解して、SOGIハラをしない・させないということですね。本書後半はたくさんの事例集になっていますので一通り読むと理解がさらに深まります。

LGBTとハラスメント (集英社新書)
 

トランスジェンダー治療のリアル――「性転師」という役割

 性同一性障害の治療とは1冊目で学んだように、主としてトランスジェンダーの人の性別適合手術ということになります。今の日本で性別適合手術をいったいどれくらいの人が、どんな施設で受けているのか知っていますか。

 タイで手術を受けたという話を聞くことも増えました。なぜタイなのでしょう。日本において手術が健康保険適用となりましたが、その影響はどうなのでしょう。

 そんなLGBTに関するさまざまな疑問の多くに答えを出してくれるのが2冊目「性転師」です。タイトルや表紙カバーの印象とは異なり、本書は共同通信社記者がきちんとした取材にもとづいて書いたもので、日本のトランスジェンダー治療の現在地を知るにはベストともいえる本です。

 まず、本書からざっくりとした数字を挙げます。日本における戸籍上の性別の変更者数は年間1000人程度、男性から女性(MtF = Male to Female)と女性から男性(FtM = Female to Male)の比率は1:3です。女性から男性のほうが多いというのは意外な感じがします。

 手術を国内で受けた例は25%で、75%はタイで受けています。国内で受けた例の80~90%はナグモクリニックで受けています。タイで受けた例ではヤンヒー、ガモンの2大病院で70~80%くらいを占めています。まとめますと、日本で性別適合手術をうけて性別変更している人数は毎年、男性から女性が300人、女性から男性が600人です。

 手術場所はナグモクリニックが300人程度、タイの2大病院が600人程度となります。具体的な数字を見て皆さんどう感じますか。毎年10万人に1人は性別変更しているという事実は、予想より多いでしょうか、あるいは少ないでしょうか。

 本書のタイトル「性転師」は著者の造語ですが、日本人がタイで性別適合手術を受ける時に、そのほとんどのプロセスを世話してくれるいわば性転換のアテンド業者のことを意味しています。表紙写真の男性がその草分け的存在であるアクアビューティー社の坂田代表。2002年に会社を立ち上げました。

 本書前半は、こうしたアテンドの主要業者への取材やタイの病院での取材をもとに書かれています。写真も豊富で、特にタイにあるホテルのような病院の立派さは驚くほどです。タイでは1997年の通貨危機をきっかけに医療ツーリズム、その中でも性別適合手術が急速に発展しました。

 日本はというと、LGBTの社会的認知度が高まり戸籍上の性別変更が可能になった一方で、性別変更の必須要件である性別適合手術を実施できる医療機関がなかなか増えてこないという現実があります。

 そのためアテンド業者に仲介してもらい、タイで手術を受ける日本人が急増したのです。技術的にも経験豊富なタイの医師のほうが上手ということももちろんありますが、性別適合手術のニーズの高まりに国内医療機関が応えなかったことと、アテンド業者を含めたタイでの医療体制の充実が現状を生んでいるともいえます。

 トランスジェンダー性別適合手術は、2018年に公的医療保険の適応となりましたが、手術前に必須なホルモン療法が保険適応となっていないというチグハグさもあり、タイ頼みの現状はなかなか変わりそうにありません。COVID-19が長引き、タイに渡航できない状態が続けばどうなっていくのでしょうか。 

性転師 「性転換ビジネス」に従事する日本人たち

性転師 「性転換ビジネス」に従事する日本人たち

  • 作者:伊藤 元輝
  • 発売日: 2020/05/20
  • メディア: 単行本
 

トランスジェンダーか性分化障害か?――語られにくい医学の分野

 3冊目の本のタイトルは「性感染症」。この本、それほどページ数のない新書にもかかわらず役立つ知識満載でした。

 性感染症だけでなく性分化異常や高齢者の性など、語られにくいプライベートゾーンの医学が実際の診療エピソード満載で語られています。この分野も、いや性という分野だからこそ、時代にあわせて大いに変貌していることに気づかされました。

 今回のテーマに関わってくるのが性分化障害(DSD=Disorders of Sexual Differentiation)です。見た目の性別と染色体上の性別が相違しているDSDの新生児は、毎年200人も生まれているのですね。現場感覚にあふれた患者エピソードが多く、あまり語られない分野なので勉強になります。

 男児・女児として出生届を出して、男児(染色体上は女児)であれば小児期に外性器の発達障害で判明し、女児(染色体上は男児)であれば思春期に月経が起こらず判明することが多いようです。

 親がどうも変だと気づき受診することになるわけですが、その時点までは出生時に判断された性別で生きてきたわけですから、そこから切り替えるのは困難です。これらの人々の一部がトランスジェンダーとして治療を受ける場合もあるようですから、DSDトランスジェンダーの間にも複雑な関係がありそうです。

 本書のタイトルになっている性感染症の分野では、変化をもたらす2つの要素、(1)AV(=アダルト・ビデオ)の影響、(2)インバウンド旅行者の影響には、なるほどと思いました。

 AVに触発されて、オーラルやアナルなどそれまで日本人には一般的ではなかったものが一般化したために、下(シモ)の病気が上に…咽頭痛でカゼかと思ったらクラミジア咽頭炎だったとか、HPVで咽頭がん、などなど。

 アナルで言えば、アメーバ赤痢をもらってしまうケースが実際に起きている。確かに、数年間難治性の潰瘍性大腸炎として治療されていたものが実はアメーバ赤痢だったという例を見たことがあります。

 インバウンドといえば主に中国や東南アジアからの旅行客ですが、日本では制圧されていた性感染症やウイルスがそれらの国から持ち込まれている現実は、冷静に考えてみれば当たり前のことで、コロナ禍にも通じるところがありますね。

 そういう人と接触しないから大丈夫という考えは大間違いで、例えば「接待を伴う飲食店」や「性風俗の店」の従業員を介して感染するということがないとは言えません。

 また、初潮年齢が早く(若く)なっているのに妊娠・出産・授乳の機会が昔に比べれば激減しているため、女性の生涯の月経回数は戦前に比べて10倍にもなっているという事実も言われてみて初めて気づきました。

 これが子宮内膜症の増加をもたらしているわけです。などなど、面白い話がたっぷりですが、ちょっとここには書きにくいことも多いのでぜひとも一読をお薦めします。教科書では得られないリアルな性医学、貴重な一冊です。

性感染症 プライベートゾーンの怖い医学 (角川新書)
 

まとめと次回予告

 還暦前後の医師にとって新しくできた概念を理解することは、どの分野でも簡単ではありません。特にLGBTのような精神科を含め多分野に関わっている概念は大変です。

 今回はLGBTとSOGIの関係を理解したことで、この分野の見通しがよくなったのではないでしょうか。また性別適合手術の実情やDSDとの関係など、まさに「読んでわかるLGBT」をお届けできたのではないかと思います。

 さて、次回のテーマは依存症です。話題の本から、アルコール依存を「だらしない夫じゃなくて依存症でした」、薬物依存を「DOPESICKアメリカを蝕むオピオイド危機」、さらにはスマホ依存を「スマホ脳」から読み解いてみたいと思います。

 次回もご期待ください。