El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(84)―あなたの仕事はブルシット?―

 

 

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。コロナ禍の2020年、エッセンシャル・ワーカーという耳慣れない言葉が使われた1年でもありました。最後のブックガイドはエッセンシャル・ワークの対極を論じて評判になった「ブルシット・ジョブ」をとりあげます。

 世の多くの人がやりがいを感じずに働いているのはなぜか、ムダで無意味な仕事が増えているのはどうしてか、社会の役に立つ仕事はどうして低賃金なのか・・・そんな疑問を「ブルシット・ジョブ=クソどうでもいい仕事」で解き明かします。「ブルシット・ジョブ」とはエッセンシャルではないというだけではなく、「その仕事に従事している本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、無意味で、不必要で、有害でもある仕事。しかし、従事している本人はそうではないと取り繕わなければならないように感じている」と定義されます。著者はブルシット・ジョブが多い代表的な職種としてFIRE=finance(金融)・insurance(保険)・real estate(不動産)をあげていますから、私たちも無関係ではありませんね。

 この半世紀ほどを振り返ってみるだけでも家事も含めた仕事全般は格段に「楽」になり、あらゆる作業にかかる手間と時間は短縮されました。しかしそのおかげで早く帰れるようになったり週休4日になったりはしていない。ということは、そのぶんわざわざ生産性を落とすための「努力」をしているのだろうというわけです。その「努力」にあたるところがブルシット・ジョブの創出と維持・・・なるほど。

 それを根拠づけるため前半では様々な職種の人々へのインタビューをもとに現代の意味のない労働にどれだけ多くの人々が関わっているかという実例を列挙します。意味のない労働がよい・悪いという善悪論ではなく、客観的に意味のない労働に従事する人々がたくさんいる社会になっているし、みんなそのことにうすうす気づいているよね・・というわけです。たしかに金融資本主義の行きつく先としてのブルシット・ジョブの発生はあるだろうな、ということはわかります。第一次産業(農水産業)・第二次産業(製造業)で産み出した富を分配する仕組みとしてのブルシット・ジョブ、とここまでくると社会主義風でもあります。

 私は「なるほど!」と読んで、自分の仕事の意義を問い直しながら、ふと気づきました。おそらく仕事に不満を抱えている人間はこの本を読むと「ああ、おれはブルシット・ジョブの犠牲者なんだ・・」と思うのではないでしょうか。そして、この本を読むことで自分の仕事に関する満たされない思いを「仕事そのものがブルシットなのだ」と考えれば少しはスッキリするのかもしれないです。オレのせいではなくて社会のせい・・というわけです。

 「ブルシット・ジョブ」こういう新しい造語で社会現象にレッテル貼りをするのは社会学者の得意技。われわれはレッテル貼りに弱いもの。レッテル貼りに惑わされやすいので注意も必要です。どんな仕事も見た目でわかりやすい有益な部分と無意味にしか見えない部分が混合したものでしょう。一見、ブルシット・ジョブみたいに見えるものの中から結果を出し、次第に意義が目に見える仕事へとステップ・アップしていくというのが職業人生なのではないかと考え直すことにしました。

 産業構造の変化やITによる効率化で、多くの仕事の意義は一見してわかるようなものではなくなっているのはたしかですが、それをブルシット・ジョブとレッテル貼りして資本主義の末路みたいに書くのは、そもそも著者がそういう進歩的左派の立場ゆえと考えることもできます。

 「ブルシット・ジョブ」―資本主義の末路なのかレッテル貼りなのか・・・著者その人が9月に59歳で亡くなったため議論の先行きもまた不透明になりましたが、その不透明さもまた今年の一冊にふさわしいとも言えます。ハーバード大学によればCOVID-19は第7波の後、2022年1月頃に終息するのではないかという予想もあります。あと1年ですね。さあ、新年! とにもかくにも、そこに向けてがんばっていきましょう。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年12月)