El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚(7)

おじさん社会と低用量ピルの微妙な関係

ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚の画像(1)

薬剤師の本棚・続篇スタートです

 

薬剤師のみなさん、こんにちは!元外科医のドクター・ホンタナ(Fontana)です。数年前に一線を退きいまは一般書・専門書問わず医療関係の書籍を読んではレビューを書いています。その中から薬剤に関わるものをセレクトし「ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚」(全6回)を連載させていただきました。幸い好評だということで、このたび「続・薬剤師の本棚」として新シーズンをスタートすることになりました。このシーズンでは、本を切り口に医療・薬剤をとりまく社会的テーマや人間ドラマを読み解いてみたいと思います。第1回は日本社会における女性医療の問題点を「低用量ピル」「人工妊娠中絶」というキーワードで読み解いてみます。

おじさん社会と低用量ピル

低用量ピルのことを考えるきっかけは松田青子さんの「持続可能な魂の利用」という本でした。この本のカバーに書かれた「この国からおじさんが消える」・・・というフレーズにどっきりして、まさにおじさんが読んでみました。ストーリー的には、女性の立場から見たおじさん社会の滑稽さや生きづらさがたっぷり描かれています。まさに「おじさんあるある」のオン・パレードですので女性読者の共感も多いでしょう。

私自身も含めて「おじさん」は女性からこんな風に見られているのかということがじわじわとわかっていきます。最近の職場では(いや、家庭でも)おじさん的な上から目線にならないように気を付けてはいますが、この本にはこれもアウトかと驚くところも多い。それだけわたし自身のおじさん成分が多いということなのでしょうね。「上から目線」「おじさん」「アイドルグループ」「オタ活」「デモ」など最新世相を盛り込んで読後感爽やかな脱「おじさん」革命ファンタジー。特に女性の薬剤師さんにお薦めです。

この本の印象的なエピソードをひとつ挙げるならば、主人公の女性がレディースクリニックで避妊のための低用量ピルを処方してもらう際、無意味な煩雑さに辟易する場面です。いわく「日本社会は、女性が楽をすることに、快適に暮らすことに、選びとることに、なぜか厳しい目を向ける社会だった。女性が自分の体をコントロールすることをよしとしない社会だった」・・なるほど、そうなんだ、女性がピルで避妊することにはそんなハードルがあったのかと気づいた次第です。

薬剤師さんはご存じでしょうが、日本における避妊薬はすべて処方薬なんですね(編集部注:2020年10月執筆時点)。だからといって保険がきくわけではなく自費診療です。欧米や東南アジアの多くの国では、低用量ピルやアフターピル(緊急避妊薬)が薬局やドラッグストアで手軽に入手できます。価格も安く、日本円にして数百円程度です。一方、日本の場合、認可されているピルの種類が少ない上に値段も高く医師の処方が必須となっています。そのせいで、避妊のためにピルを服用しようとする女性は相当な心理的・時間的・経済的負担を強いられます。

このため、日本ではいまだに膣外射精やコンドームといった不確実でしかも選択権が男性にある避妊法が主流です。この状況は先進国においてはまさにガラパゴスなんです。一方でピルの危険性(血栓症など)は過大に喧伝されています。そこには避妊の主導権は男にありとする日本のおじさん社会の目にみえないプレッシャーがありそうだとは思いませんか。

持続可能な魂の利用

持続可能な魂の利用

 

人工妊娠中絶天国 日本

そういう状況のため日本ではいわゆる「望まない妊娠」が先進各国に比べてかなり多くなり、年間十数万件という驚くべき数の人工妊娠中絶(いわゆる堕胎)が行われています。そんな状況はいつどうしてはじまったのでしょう。それを教えてくれるのが2冊目に取り上げる本、河合雅司さんの「日本の少子化 百年の迷走」です。

1945年の終戦からの10年間はベビー・ブームの時代でした。私は長年「団塊の世代を作ったあのベビー・ブームが急に終わったのはなぜ?」という疑問をもっていましたが、この本でその秘密がよくわかりました。その答えは「人口爆発に対する世間の恐怖」をうまく取り込んだ「優生保護法改正による人工妊娠中絶の実質自由化」でした。避妊や産児制限や人工妊娠中絶、人口爆発を抑えるために何でもありの時代が1950年代にあったのです。そしてそこにはメシのタネを探していた医師も深く関与していたのです。

当時は戦争末期に急増した軍医が大挙して復員してきたため空前の医師過剰の時代だったんです。ベビー・ブームのために産婦人科ブームでもありました。人工妊娠中絶はそんな医師にとって貴重な収入源になります。

人口抑制のための人工妊娠中絶の実質自由化・・・その結果として少子高齢化の今でも、日本の人工中絶数は年間16-7万件(年間人口減少数の半分!)もの数をかぞえ、その費用は患者の自己負担(1件15-30万)で年間合計240-510億円という驚くべき金額になっています。ピルによる女性の自発的避妊が抑制され、一方で望まない妊娠の人工妊娠中絶があたかも産業化している、ちょっと怖い感じもします。

まとめ

2冊の本を読んで、日本ではピルを使う女性も使わないで望まない妊娠をした女性も女性自身が精神的・経済的負担を求められ、その負担が女性医療産業を潤すという構造があることがわかってきました。先進国では日本と似た構造なのは韓国だけなのですが、韓国ではこうした医療面の既得権がメディアに批判されるようになってきています。どうやら日本のほうがピル後進国になりそうです。

一方、ここにきて希望を感じるのは、すでに社会の裏側ではじわじわと脱・おじさん化が進んでいるのではないかと思えることです。人々がネットやスマホでつながることで、おじさんによる「上意下達」や「分割して統治」が機能不全になりつつあるようにも見えます。今回取り上げた「持続可能な魂の利用」はそういう時代の変化を感じさせてくれました。女であるか男であるかにかかわらず人間同士フラットな関係でつきあっていこうという若い人も増えているように思います。そうした中で女性が主体的に避妊することがあたり前のことになり、望まない妊娠・人工妊娠中絶が次第に姿を消していく、そんな社会を目指さなければ。

というわけで、第1回は、低用量ピルと女性の避妊の現状から、「おじさん」「既得権」社会の視点から日本の現状を考えてみました。日本で女性が主体的な避妊を選択して低用量ピルを服用する時代になるには、いまだ大きな壁があります。薬剤師さんの前にその壁を越えた女性が処方箋をもって現れたときには心の中で応援してあげてください。

それでは、また次回!