El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(60)反知性時代の専門知

――反知性時代の専門知――

専門知は、もういらないのか

専門知は、もういらないのか

 

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴22年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「反知性主義と専門知」。以前に「アンダーライティングの集合知」(第55回)と題してブックガイドしました。その中でネット時代の集合知が「知のポピュリズム」=「専門知の否定」という事態を引き起こしつつあるという話題にふれました。今回紹介するのはまさにこの「専門知の危機」を訴える一冊です。査定医やアンダーライターも専門知をフル活用させて仕事しているわけですから他人事ではありません。日本だけでなく世界中が「反知性」に突き動かされた1年の最後をかざるのにふさわしい一冊なのかもしれません。

 トランプ大統領が誕生し、イギリスのブレグジットEU脱退)など世界中・・そして日本でも、「反知性主義」と呼ばれる動きが無視できないものになっています。身近なところでは、芸人や芸能人が気の向くままにツイッターやブログで適当なことをいい(アクセスをかせいでお金になるのはまあ勝手にどうぞという感じですが)その発言を真に受けてしまい間違った認識を持ってしまう一般人も多い。何か事件が起こるたびに、なぜかニュースサイトには芸人・芸能人の意見だらけ・・・これって「反知性」?

 「反知性主義」とは、わかりやすく言えば「知性を売り物にするいわゆる専門家の意見が尊重される知性主義はエリート的で反民主的なので信用ならない。このネットの時代では検索やSNSなどで素人でも自分の意見を持つことができるのだから、われわれ素人の意見も専門家の意見と同じように尊重されるべきだ」ということでしょう。

 これこそ民主主義が陥りやすいポピュリズム(=衆愚政治)とでもいうべきもの。民主主義(共和制)ではそれぞれの有権者の一票は等価ですが、それぞれの有権者が持つ個々の意見が等価というわけではありません。それをはき違えて、その分野で何十年も研鑽を積んできた専門家に対し、素人がGoogle検索からたった数十分で仕入れた情報をもとに意見を述べるという事態が現出しています。

 そうなってしまうと「事実」も相対的なものになってしまい、もはやてんでばらばらな自己主張のぶつけ合いになってしまいます(まさにネットはそうなりつつあり)。都合の悪い事実はフェイクと切り捨てる。まさに民主主義のはき違えという事態ですが、いったん間違った観念を持つと、自分の願望や信念に沿う情報だけが目に入るといういわゆる「確証バイアス」で正のフィードバック状態となり、その意見を修正させることはとてもできません。

 著者はこの「反知性主義」トレンドの原因を、大学教育のサービス業化による若者の知識レベルの低下、ネットによる知の浅薄化、商業主義メディアのミスリード。「反知性」を利用しようとする政治家など、原因要素を取り上げてアメリカの現状を分析してくれます。ひとつひとつ頷けることばかり、それだけでなく同じことが日本でも進行中であることにびっくりです。もちろん、専門家の側にも原因がある。しかし大多数の専門家がまともであるからこそ社会は回っています。

 さて、最大の専門家集団ともいえるのが医療関係者、特に医師であるわけですが、いかに世界中の医師が反知性主義ムーブメントに辟易しているかは本書でもさまざまに例をあげて教えてくれます。そういたムーブメントの代表格が「10万個の子宮」(第26回)で取り上げた「反ワクチン運動」というわけです。

 つまり「反ワクチン運動」とは単なるボタンの掛け違い的な誤解で生じたものではなく、その本質は反知性・反専門家のムーブメントなのです。ですからそれに対するに知性的・理性的な方法では反発が強まるばかり(いわば北風と太陽)。最も効果的なのは、ワクチンを接種しなかったことで被害を受けた患者や遺族のような当事者、あるいは人気YouTuberやブロガーのような非専門家のインフルエンサーが、「ワクチンは接種したほうがいいみたい」というムーブメントを作り出すことなんじゃないでしょうか。

 それでは、反知性主義そのものはこの先どうなるのか、という問いに対しては著者のニコルスいわく「この問題の解決は、今のところ予測不可能な惨事、戦争か経済的大惨事」によるガラガラポンしかない・・・うーむ、2020年に向けて、恐ろしいことです。ともかく皆さんもよいお年を!(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana2019年12月)