El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

人体はこうしてつくられる

細胞もヒトも・・周辺刺激に反応しているだけで一人前になっていくのか

 受精卵から人間ができる、われわれすべてが母親の体内で経験してきたこの発生の不思議がすっきりとわかります。その不思議で複雑なステップは、たぶん、あなたが想像しているものとはかなり違います。本書を最後まで読みとおしたとき、その不思議で緻密なメカニズムの結果として自分が存在していること、そしてその自分が、そのメカニズムが書かれた本を読んで「なるほど・・」と考えていることの驚異に感動を覚えるほどです。

ビルを建てるのに設計図があって、その設計図にしたがって材料を準備し組み上げていく、それを人体にあてはめ、DNAが設計図で、その設計図にあわせて必要な物質が必要な場所で作られる・・・そんなふうに思っていませんか。でもそれでは説明できないことばかりです。たった一つの細胞から始まって、最終的に兆の単位まで増えるヒト細胞のどれ一つとして「人体の完成形はこうです」という全体像を知っているわけではないですし、どこか外部から指示がくるわけでもありません。では、どうやって?それこそがこの本一冊で書かれていることなので、短くまとめるのは無理そう。

さわりだけ書きますと・・・受精卵が細胞分裂(卵割)を繰り返す中で、2個4個8個へという分裂の初期段階はすべての細胞が表面の一部が外界に接しています。ところが16個あるいは32個くらいまで分裂すると一部の細胞は他の細胞に周りを覆われてしまい外界に接することができなくなります。この外界に接していないということを細胞は感知します。自分が他の細胞に完全に囲まれているのか、あるいは一部が外側の体液に接しているのかを識別し、その情報を使って次に何をするのかが決まります。自分が自由表面をもつという刺激が細胞表面から核につたえられ、それが一連の遺伝子のスイッチをオン(=遺伝子の発現を活性化し)、それらの細胞は栄養外胚葉(胎盤を作るもとになる)になります。一方、自由表面を持たない細胞は内部細胞塊と呼ばれこちらはスイッチをオンにしません。・・・・

 このように「直前のある状況」を感知し、それによって次に何をするか(どの遺伝子の発現を活性化するか)が決まる。すべてがこの仕組みの緻密な繰り返しです。「直前の状況」とは多くの場合、特定の遺伝子の発現により合成されたタンパク質の濃度勾配や、あるいは細胞そのものへのそれら濃度勾配を感知できるレセプターの出現です。

ベルトコンベアで自動車を作る作業に近い部分もありますね。細分化されたそれぞれの工程はそれが何の役にたつのかわからないけど最後には自動車ができるような。ちがうのは、受精卵はすべての工程の作業者であるだけでなく、同時にできあがっていく自動車でもあるということです。そして分裂・分化しながら、決して最終形がわかっていないのに、それぞれの流れ作業を続けて、自分自身も変化していき最後にはヒトになる。

なんだか私のまとめでは、わかったような、わからないような感じですが、本書を読むとかなりの部分が明快にわかります。そしてわかっていくことが楽しいです。まるで自分が受精卵から胎児になっていくかのように読み進められます。それに、ところどころ引用されている警句やその解説はウイットにあふれていて楽しい。