それではあの戦争に勝っていたらいいというのか?
山本七平氏の著作の特徴である日本・日本人へのペシミスティックな見方が集約されている。本書に書かれた日本・日本人批判はそれぞれの局面的には正しいものであろうが、もう一歩俯瞰的に見れば本書で引用された小松氏の挙げた敗因21か条のうち日本人の特性に関するもの、例えば「不合理を飲み込む」ことや「思想的に徹底しない」こと「日本文化に普遍性がないこと」などは、敗因とは言えても欠点とは言えず、まさにこの国の歴史が作り上げてきた日本人の特性としてとらえられなければならない。
敗戦周辺の悲惨な時期において、これら日本人の特性が敗因であり日本人の不幸の源として記録に残されることはしかたがないし、山本氏のように強烈な敗戦体験を持つ書き手がそれに捉われることもしかたがない。しかし、これらの特性が明治期や高度成長時代を築いてきたことも忘れてはならない。
時代の風によって、民族の特性が敗因にもなれば勝因にもなる。個人はいくつもの時代を経験はできないので、たまたま自分が生きた時代に敗戦があれば、敗因として強い負の記憶を持つ。読者の多くは現在のポスト・バブルの負の雰囲気と敗戦の雰囲気を重ね合わせてシンクロしているだけかもしれない。そういった多面的な見方も必要だろう。
また、多くの敗因は日本だけでなく歴史上の敗戦国すべてにすくなからず共通するものだと思う。ことさら日本人を卑下する書きぶりに自虐的なものを感じる。