El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

万能鑑定士Qの事件簿 I・II

 これで一億稼げるわけか・・・

松岡圭祐の「小説家になって億を稼ごう」を読みながら、どんな小説を書けばそんなに売れるのかと思いこの2冊を数時間かけて読んでみた。うーん、そうか、これが売れる小説なのか。トリビアでつなぎながらなんとなく読者を思い込みに落とし込んでそれをひっくり返す。読み終わったら「ああ、なるほどね」で終わり、何も残らない。時間つぶしでいいのか・・・消費者おそるべし。そしてそれを見透かしている松岡圭祐もまたおそるべし。

ジェネリック それは新薬と同じなのか

 一冊でわかる現代薬剤の政治経済史

20世紀になるくらいから化学・工学の発達によって工業的に合成された薬剤が治療薬として使われるようになった。薬剤は化合物としての構造名と一般名と商標名があるのだが、最初から命名ルールがあるわけもなく、例えばバイエル社の解熱鎮痛剤のアセチルサリチル酸(一般名)はアスピリンという商標名で呼ばれるようになり、いつのまにかアスピリンが一般名になる・・・というような曖昧さがあった。

薬物治療が世界に広まっていく20世紀半ばくらいから曖昧さを排除するための国際的な取り決めを作ろうという動きもあったが、薬剤メーカーの利益など複雑にからんでまとまらない。

1960年代に入るとそうした薬剤の特許が切れる時代が到来する。そうすると一般名は同じだが先発薬(ブランド薬)とは違う商標名のジェネリック薬が登場する。ジェネリック=一般名。ジェネリック薬は主成分はブランド薬と同じだが剤型や固めるための基材などはバラバラで価格は開発コストがかからない分安い。

ジェネリック薬が登場したころはブランド薬との同等性について議論があり、ブランド薬企業は当然、同等性の無さを証明しようとし、ジェネリック薬企業は同等性を証明しようとし、双方さまざまなロビー活動ありフェイクありの時代。また当時はマフィアも絡んだ偽造薬もあったのでそれもからめたアンチジェネリック・キャンペーンも数々あった。

また1960年当時は商標名の医師処方を薬剤師が一般名に読み替えてジェネリック薬を出すことが違法でもあった。これは1970年代には合法になり1980年代以降はむしろ推奨されているという歴史の流れ。

大きな節目になったのはレーガノミクスの時代1984年の「ハッチーワクスマン法」(薬価競争及び特許期間回復法)。これは、ジェネリック企業には簡略申請でジェネリック医薬品の市場を拡大する道をひらくと同時に、先発薬企業には特許期間延長によって新薬市場を保護しようというもの。先発品企業と後発品企業それぞれに利益を与えてバランスを取り、全体として米国の医薬品産業の発展を促進しようとするものであった。

このハッチ・ワックスマン法以来、ジェネリック医薬品の承認に必須要件であった治験データが不要となったので、1984年以後ジェネリックメーカーは莫大な治験経費を投ずることなくジェネリック医薬品を安価で市場に送りだすことができるようになった。このジェネリック医薬品の簡略承認方式が、日本を含めこの後の世界標準となる。

そして20世紀末からは薬剤給付管理(Pharmacy Benefit Management 、PBM)機関が登場。これは医療機関・保険会社という薬剤消費サイドと製薬業界の間にたってジェネリック薬の価格交渉などを通して薬剤価格の最適化をはかる(もちろん手数料を取る)というもので次第に大きな勢力となりつつある。

21世紀になりジェネリック製薬会社もグローバル化してブラジル・インドと軸足を移すと、品質管理や公的規制の違いもあって再び薬剤としての「同等性の危機」の時代に。そうはいってもHIVHCVなど合法・非合法あわせてインドの薬剤が途上国の医療にとっては欠かせないものになってくる。

ジェネリック薬企業のビジネスモデルは先発薬の特許切れのタイミングでジェネリック薬を出すことだったが、20世紀末の多くの低分子の薬剤特許は2015年頃には切れたため、いわゆるジェネリック・バブルは終わるという見方もある。そこから時代は抗体医薬などの高分子標的薬の時代になり、これの後発薬はバイオシミラーと呼ばれるがそこにまた新たな「同等性の危機」が出現しつつ現在に至る。

多くのプレーヤーがいてわかりにくい薬剤の世界だが、ジェネリック薬を中心においた本書一冊読んでかなりわかる。ここでもレーガノミクスあなどれず。

続・私の本棚 (1)アスベスト問題、今読みたい3冊

還暦すぎのドクターのための読書ガイド、セカンド・シーズンのスタート!

 還暦過ぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビュー「私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を」。

 ファースト・シーズン(全12回)終了から半年、セカンド・シーズン「続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学」のスタートです。

 新型コロナウイルス感染症の1年が過ぎ、テレビニュースでPCRやサイトカイン・ストーム、抗体に抗原、mRNAワクチンという言葉が普通に使われる時代となりました。一般の方の医学知識もあなどれません。

 コロナ本以外にも、医師や生命科学者が書いた一般読者向けの本がずいぶんと増えました。そんな本の中から、医師にとっても読みごたえがあり必要な知識も得られる、そんな本を紹介していきたいと思います。

「夢のような物質」アスベスト――戦後は一大産業に

 セカンド・シーズン最初のテーマは「アスベスト」。「アスベストって昔の話でしょ?」と思っていませんか。ところがアスベストによる健康被害のピークは2020~2040年なのです。

 そのため関連する研修会や学会でも、ここ2~3年、アスベストをテーマとしたセッションが組まれるようになっています。アスベスト被害、まさに今から未来に向けて直面していく問題として捉えなおしましょう。

 最初に紹介するのはアスベストの基本知識のための一冊、「アスベスト 広がる被害」です。アスベストとは天然の鉱物からできた綿のような繊維の集まりで、石綿(せきめん・いしわた)とも呼ばれます。

 アスベスト石綿)、読んで字のごとく鉱物(=石)としての特徴と繊維(=綿)としての特徴を併せ持ち、引っ張り強度がきわめて大きく、耐火性・耐熱性・絶縁性にすぐれ、なおかつ繊維状に加工しやすい、夢のような物質と言われてきました。

 日本のアスベスト産業の始まりは、日清戦争で清国から接収したドイツ製の戦艦に多量の断熱用アスベストが使われていたことです。これにより軍艦での有用性が認識され、主に耐火や防音のための隔壁、ボイラーなどの保温被覆として使われるようになりました。

 そこから太平洋戦争までの軍拡の時代に、アスベスト産業は軍需産業として急速に拡大発展していきます。終戦に伴い軍需がなくなってもアスベスト産業は生き残り、戦後は民需、特に石綿含有建材を中心に一大産業となりました。

 アスベスト健康被害も次第にわかってきてはいましたが、おりからの高度成長建築ブームに後押しされる形で1970年代には年間30万トン以上のアスベストが輸入され、2004年の使用禁止までに1,000万トンが輸入され使用されました。なんと21世紀初めまで使われていたのです。

 最大の問題は、大量に使われたアスベスト建築材です。高度成長期には建物のいたるところにアスベスト建築材が使用されました。鉄骨や天井の耐火被覆としてセメントと混ぜたアスベストの吹付塗装が当たり前のように行われ、ビル建築や倉庫などで大量に使われてきました。

 バブル期を含めて20世紀に造られた豪壮なビル建築、高度成長期の中小ビル群(学校や図書館も免れません)にはアスベストが大量に存在しています。

アスベスト2020年代問題――これから直面する2つの難題

 では、アスベストで何が起こるのか。アスベスト繊維の吸引で肺の損傷を引き起こし、いわゆるじん肺の一種である「アスベスト肺」になります。そして、長い年月の後に「中皮腫」「肺がん」を引き起こします。

 ここで問題になるのは、アスベストへの曝露(吸引)から発病まで20~40年のタイムラグがあるということです。アスベスト使用が日本より20年ほど先行していたイギリスでは、輸入量ピークから50年経った2015年に中皮腫死亡のピークが来ています。

 これを日本にあてはめると、日本の中皮腫死亡のピークは2020年から2040年にかけてとなり、死亡者数は人口や輸入量を考えるとイギリスの倍以上(年間5,000人以上)になる可能性があります。

 そしてもう一つの2020年代問題は、この先のアスベスト曝露です。2020年代に、過去に建てられたアスベスト吹付建造物の解体ピークが来るのです。過去の曝露の結果としての発がん、そしてこれからの曝露、この2つが「アスベスト2020年代問題」だと認識しなくてはならないのです。

アスベスト――広がる被害 (岩波新書)

アスベスト――広がる被害 (岩波新書)

  • 作者:大島 秀利
  • 発売日: 2011/07/21
  • メディア: 新書
 

漫画で知ろう、アスベスト被害のリアリティ

 文章だけでは伝わりにくいアスベスト被害のリアリティを漫画で伝えてくれる本が「改訂新版 石の綿―終わらないアスベスト禍」です。アスベスト被害のさまざまな歴史的局面を、6人の漫画家が6編の漫画で描きます。


 1.「洗濯暴露」 家族が工場で石綿まみれになり、それを洗濯しつづけた妻。夫婦ともども悪性中皮腫に。

 2.「クボタ・ショック」 尼崎市のクボタの工場では工場労働者だけでなく、周辺に降り注いだ石綿で住民にも悪性中皮腫が発生。

 3.「泉南―国賠訴訟の原点」 大阪府の南、泉南地区は戦時中から石綿関連中小企業が多く、特に軍需石綿を加工しており多数の悪性中皮腫が発生。

 4.「震災とアスベスト阪神淡路地震から25年経ち、当時のがれき処理に携わった方の中からも悪性中皮腫が発生。

 5.「アスベスト・ポリティクス」 アスベストの利用開始から最盛期、そして健康被害の発生、使用の禁止という流れを世界と日本に分けて年表形式の漫画にしました。

 6.「エタニット―史上最大のアスベスト訴訟」 規模と被害者では世界最大といわれるアスベスト禍となった、イタリアのエタニット事件を描きます。

 

 どれも興味深いのですが特に、自然災害でガレキが発生することが増えているので4番目の「震災とアスベスト」は身近な恐怖です。東日本や熊本の大地震でのガレキ処理やボランティア作業を通じてアスベストに曝露されるのです。

 通常の解体作業ではアスベストを排出しないような規制のもとに行われていますが、震災ガレキではそうはいきません。今後も首都直下型地震南海トラフ地震などが予測されている中、そこにもまた新しいアスベスト問題があるのです。

改訂新版 石の綿 終わらないアスベスト禍

改訂新版 石の綿 終わらないアスベスト禍

  • 発売日: 2018/07/17
  • メディア: 単行本
 

小説家の自己体験としてのアスベスト――リスク知らない現場で何が

 3冊目は、小説家が自己体験を私小説としてまとめた「石の肺 僕のアスベスト履歴書 」。筆者の佐伯一麦さんは高校を卒業後、電気工として働きながら作家を目指していました。小さい頃から電気工作が好きだったので電線や配管がひしめく天井裏での仕事にやりがいを覚え、充実した日々を過ごしていました。

 しかし、その天上裏やエレベーターのシャフトなどには大量のアスベストが使われていました。吹きつけられたアスベストの壁や天井にドリルで穴を開け、アスベスト粉塵で前が見えなくなるような現場で何の防御もせずに働いていた日々が、小説家らしいきめ細かな描写で描かれます。

 アスベストの危険性がすでにわかっていた時代ですが、現場で働いていた電気工や製造工場の工員にはリスクの認識などほとんどありませんし、教えられてもいなかったのです。

 アスベストメーカーの元職員のインタビューにある、

 「部署の十数名の社員のうち定年まで生きていたのはたったの一人。毎週のように社内の誰かが死にその葬式には、会社の人間が何人も酸素ボンベを引きずりながら弔問する」

 という話は胸に迫ります。

石の肺 僕のアスベスト履歴書 (岩波現代文庫)

石の肺 僕のアスベスト履歴書 (岩波現代文庫)

  • 作者:佐伯 一麦
  • 発売日: 2020/10/16
  • メディア: 文庫
 

まとめと次回予告

 「アスベスト中皮腫」や「アスベスト肺がん」については国の救済制度があります。その制度を運用しているのが「独立行政法人 環境再生保全機構」 という機関です。アスベスト被害の場合、曝露から発病までの年月が長いため、職業上の暴露とその数十年後の中皮腫や肺がんの因果関係を証明することは困難です。

 そこで救済制度においては「アスベスト中皮腫」「アスベスト肺がん」と認定する際の「医学的判定の考え方」が示されています。眼前の「中皮腫」や「肺がん」の患者あるいは遺族が救済を受けられる可能性があるのであれば、医療者には適切なアドバイスをする義務があるとも言えます。

 また、アスベスト問題が大きく取り上げられた2000年代には厳密に行われていた解体にともなうアスベストの排出抑制についても、最近の解体では業者によって実質がともなわない場合もあるようです。われわれ自身の健康問題として、近隣のビルの解体が始まったならそこにはリスクが潜んでいると考えたほうがいいでしょう。

 このように医療者としても生活者としても、アスベストによる健康被害は決して過去のものではなく、むしろこれからの問題なのです。

 さて次回は、性にまつわる話題を取り上げます。まず、グローバル化で変わりゆく性感染症の今を「性感染症 プライベートゾーンの怖い医学」から読み解きます。

 さらに社会的認知がすすんだLGBTについて、医師が知っておいたほうがよい知識を「性転師 『性転換ビジネス』に従事する日本人たち 」と「LGBTとハラスメント」の2冊から紹介してみます。お楽しみに。

ジェネリック vs. ブロックバスター

 永遠のいたちごっこ

新薬の研究開始から製品として成功する確率は3万分の1、そこまでの期間は7~17年、開発コストは300~1000億円。1000億かけてハズレもあるわけでまさに創薬はハイリスク・ハイリターン。

しかし、当たればどうなるか・・・例えば2015年の日本国内売上、上位4製品(ハーボニー、アバスチン、プラビックス、ソバルディ)はいずれも国内年間売上が1000億円以上なので、製造原価は価格の20%程度なので当たれば1品目で日本だけで800億円の利益を生む。当たった新薬をブロックバスターと呼ぶ。もちろん利益で次の新薬開発に乗り出したり、有望なベンチャー企業を買収したりする。

新薬の特許は20年。20年経つと、他の製薬会社がジェネリック薬を製造販売できる。ジェネリック薬は先発医薬品と同一の有効成分を同一量含有し、効能・効果、用法・用量が原則的に先発医薬品と同じという条件を満たすことで簡略な薬事承認を得られるため、開発期間は3~5年、開発コストは1億円程度で済む。薬価は先発医薬品の50%と定められている。

先発製薬会社は効能を追加したり(用途特許)合剤化したり(配合剤特許)して特許期間を伸ばすことができるがそれでも+5年まで。そこで先発製薬会社が子会社形式などを取り製造特許使用を許諾したいわゆるオーソライズド・ジェネリック薬AG(【2021年】オーソライズドジェネリック薬価一覧表|ヤクタマ (yakuzaishi20.com))で対抗する。流れとしてオーソライズではないジェネリック薬はAGメーカーに押されてコストダウンしなければ儲からない構造となりさまざまなコストダウンの果てに問題おこしたりしているのかなと。

一方で、日本には根深いジェネリック不信があるのかジェネリック比率はアメリカの92%、欧州諸国の70~80%に比べて20~30ポイント低い。そこで2017年から政府の掛け声でジェネリックのシェア目標80%を設定し、ジェネリック比率によって医師の処方料や薬局の調剤料を変える作戦。医師は成分処方し、薬局でジェネリックを勧められるのはそういう仕組み。消費者というか患者の目線はないのだが、どの薬を選ぶのかを患者に押し付けているという逆説。

ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚(10)

アルコール依存症を考える

f:id:yasq:20210111170401p:plain

「酒は百薬の長」にあらず

薬剤師のみなさん、こんにちは! ドクター・ホンタナの続・薬剤師の本棚、今回のテーマは「飲酒とアルコール依存」。テレワークやホームステイのせいなのか家で飲酒する機会が増えていますよね。ゴミ出しの日、大量の缶酎ハイや缶ビールの空き缶が詰まった袋を見ることが増えました。コンビニの棚に所狭しとならんでいる度数が高くて安価な酎ハイ系飲料、夜のテレビもそういったアルコールのCMばかり、知らない間にアルコール依存は増えているのではないでしょうか。今回はまずは消費者の立場から、そして医療者としてもアルコール依存とそこからの回復について考えてみましょう。

もともと飲酒に寛容な日本社会、「酒は百薬の長で適量のアルコールはむしろ体にいい」という考えがあります。ところがここ数年、アルコール摂取と寿命の関係について大規模試験の結果 が発表されました。それによれば明らかにアルコールは寿命にとって「百害あって一利なし」。一定量以上では確実に寿命の短縮につながるのです。

40歳時点でのアルコール摂取量と平均余命の関係は、一週間でのアルコール摂取量100グラムまでを標準グループとしたとき、
   Aグループ:週100~200グラムで6カ月の余命短縮
   Bグループ:週200~350グラムで1~2年の余命短縮
   Cグループ:週350グラム以上で4~5年の余命短縮
となります。
「純アルコール重量=お酒の量(ml)×度数(%/100)×0.8(エタノールの比重)」ですので、ビール1缶(5%で350ml)=14g、酎ハイ1缶(8%・500ml)=32g、日本酒1合(15%・180ml)=22g、ワイン1本(12%・750ml)=72g・・・ちなみに私は週100gくらいでぎりぎり標準グループです。みなさんはどうですか?まずは、自分の飲酒量をアルコール重量換算で計算してみてください。B、Cグループであればアルコール依存度はおそらくかなり高いはず、今回紹介する本をぜひ読んでみてください。

入門編:「上を向いてアルコール」

まず一冊目は入門編。断酒成功者・小田嶋隆さんの書いた本「上を向いてアルコール 」を読んでみました。私とほぼ同年代のコラムニスト小田嶋さん、断酒歴20年ですから40歳くらいで断酒したことになります。お酒をとりまく楽しげなライフスタイルから離れた状態を小田嶋さんは「4LDKのマンションに住んでいて2LDKだけで暮らしているような感じ」と表現しています。わかるなあその感じ。

この本では、そんな気分とどう折り合いを着けていくのか、飲酒のかわりに何に時間を費やすのか、などの具体的なノウハウが大いに参考になります。そして「アルコールを媒介に手に入るものがないわけではない、しかしそうして手に入れたものはアルコールと同じで必ず揮発してなくなってしまう…」
…その通り。依存症の怖さについてはあまり書かれていませんが、まずは断酒の成功談として手に取りやすい本です。

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

  • 作者:小田嶋隆
  • 発売日: 2018/02/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

実践編:「だらしない夫じゃなくて 依存症でした」

二冊目が今回最もオススメの本、マンガ「だらしない夫じゃなくて 依存症でした 」(三森みさ)。まさに、缶酎ハイのゴミ袋が冒頭近くに出てくるリアリティ! この本、マンガとはいえ厚労省の依存症啓発事業の中で描かれ始めただけに随所に圧倒的リアリティがあり、それに引き込まれて一気に最後まで読んでしまいます。

アルコール依存だけでなく薬物依存やギャンブル依存の既往者も登場人物としてうまく取り入れながら依存症治療の難しさ、そしてさらに周囲がそして当人がどう立ち向かっていくべきなのかが描かれています。当然、そこには作者の三森さんの経験も盛り込まれており、その経験談そのものも最終章(番外編)におさめられています。それゆえのリアリティであり、これがアルコール依存の現実であると二段仕掛けで腑に落ちるというわけです。

依存症が脳の病気であるという認識(報酬系の脳回路の話もきちんと出てきます)、保健所など適切な機関への相談の仕方(ハードルをどう乗り越えるか)、自助グループの実際、スリップ(つい飲んでしまった!)への対応などなど…これらは文章で書かれたらこれほどすっきり頭にはいってこなかったでしょう。マンガは偉大です。ストロング(9%など高アルコール飲料)系飲料にはまっているなら、あるいはそんな家族がいるなら取り返しがつかなくなる(失職・離婚・肝硬変・自殺などなど)前に読んでみることをおすすめします。

依存症からの回復への道しるべというだけではなく、依存とは「心の穴」を埋める行為であることまで描かれていることもすばらしい。そうなると、ゲーム依存やスマホ依存も含めて依存症の根底にある「物質的には満たされたがゆえに現代人が生きがいを感じにくい=心に穴を持つ」というところまでつながっていきそうです。

だらしない夫じゃなくて依存症でした

だらしない夫じゃなくて依存症でした

 

哲学編:「しらふで生きる」

ここまで読み進めてきたら、依存症の根底にある満たされない空虚感を文学的に描いた三冊目、独特の文体が少し難解ですが芥川賞作家・町田康さんの「しらふで生きる 」も読んでみましょう。「人生の目的地を、楽しみ、と誤って設定し、急いでいたが、本当はそれが、死、であることを知り、死を恐れる気持ちから急ぎたくなくなり、また、なにもない瞬間を大事に思いたい、という心境に到った。」――人生の目的地が楽しいはずと思い、楽しくない自分とのギャップを酒・クスリ・ギャンブルなどへの依存で埋める、それが依存症だ、と喝破してくれます。そして「酒を飲んでも飲まなくても人生は寂しい」という文章には深くうなずきました。

依存症に到らず、寂しい人生の一里塚として節度をもって酒を楽しめる人間であれば、節度をもって楽しめばよい。しかし人は弱く、依存に落ち込みやすい。社会全体も依存者を作り出すことでビジネスにしている部分があることも否定できませんね。

しらふで生きる 大酒飲みの決断 (幻冬舎単行本)
 

ここまでは、アルコール依存を消費者(=飲酒者)目線で読んできましたが、最後に医療者、特に薬剤師目線で考えてみます。

アルコール依存症、日本では診断されているのは100万人、予備軍が300万人くらいとういわれていますが、依存症として治療を受けているのは5万人前後にすぎません。治療の必要があるにもかかわらず、治療を受けていない人の数・割合を「治療ギャップ」と呼びますが依存症ではこのギャップが大きいことが特徴です。2013年の実態調査「わが国における飲酒の実態把握およびアルコールに関連する生活習慣病とその対策に関する総合的研究 」では、アルコール依存症と同定された対象者の80%は生活習慣病や肝障害で医療機関を受診していますが、依存症そのものの治療を受けた者の割合は10%強にすぎません。つまり依存症者の多くは医療機関を受診しているのですが、依存症が引き起こす二次的な健康問題の治療をしているだけで、その根本にある依存症の治療にはつながっていないという現実があるのです。

依存症者も診察室ではしらふで取り繕っています。しかし、診察室をでれば素がでることも多い。薬剤師さんから薬を受け取ろうとする高血圧や高脂血症、肝障害の患者さんたちの根底にあるかもしれないアルコール依存・・・そこに気づくチャンスを薬剤師さんは持っているのではないでしょうか。そんなチャンスを依存症治療につなげられないか・・・と感じます。そんな期待も重ね合わせて、今回紹介した三冊で薬剤師さんにもアルコール依存症とはどんなものなのか知っていただけたらと思います。

それでは、また次回。

ジョージ・オーウェル 「人間らしさ」への讃歌

1984」の世界をひた走る中国

動物農場」「1984」を書いたオーウェルの簡潔にして要を得た評伝。大英帝国の時代からスペイン内戦、ナチスドイツ、ソ連プロレタリア独裁と、時代時代にあらわれる、「人間らしさ」からかけ離れた現実をひねりの効いた文章で批判し続け、行動してきたオーウェルの人生(46年)がよくわかる。

Decency(人間らしさ、品性)を至上のものと考えればたとえ非効率でドタバタした感染症対策しかできなくても、やはり民主主義を選びたい。

施政者にとって都合がよく、何をやるにも高効率であることをめざせばいきつく先は全体主義オーウェルの時代から、全体主義国家社会主義ナチス)やらプロレタリア独裁やら化粧を変えて登場してきたが、目下のところ中国は明らかにプロレタリア独裁から変質した国家社会主義国家。その上、そのやり方に最近は自信まで持っている。

香港、ウイグル自治区、台湾・・・全体主義の波にのまれていくのだろうか。日本も含め過去の全体主義国家がみな破綻したことだけが一縷の望みではある。

オーウェルの人生をたどることで、現在のさまざまな危機をも感じさせる。

 

医者はジェネリックを飲まない

 大したことは言ってないが・・・たび重なるジェネリック不祥事は・・

医者はジェネリックを飲まない

医者はジェネリックを飲まない

  • 作者:志賀 貢
  • 発売日: 2019/10/10
  • メディア: 単行本
 

本来なら特許が切れた薬と同じものを作って安く売れば商売になるはず。ところが、医薬品の場合は、多くが健康保険からの支払いになり実際の患者負担がそれほど変わらないようにしか見えないために、医師の中にも、患者の中にも、あるいは薬剤師の中にも、国会議員の中にも、ジェネリック嫌いが存在する。で、本書の著者もジェネリック嫌いの理由をさまざま列挙する。

一方で、ジェネリック薬を売っている側にも、胸をはって先発品と同じと言えるかというとそうでもない。2020年にはジェネリック薬の製造過程で他薬剤が混入し死者が出たし、2021年になって大手のジェネリック薬メーカーが長年の製造不正で営業停止になったりした。まさにジェネリック嫌いに塩を贈る結果に。

――――――――――――――――

以下、余談だが

これは日本だけの問題ではない。処方薬の90%がジェネリックとなっているアメリカでは、インド製ジェネリックのあまりにもいい加減な実態を曝露する本(「Bottle of Lies」by Katherine Eban)も登場している。日本語訳は未刊行だがNewsweekのまとめ記事は日本語で読める。

はたまた、日本では一時期偽造品まで出て

話題になったHCVの特効薬ハーボニー

の尋常ではない薬価についてはインド製のジェネリック(?)(横流し?)による、弱者救済というドキュメンタリーもある。

ことほどさように、ジェネリックがらみの話題は豊富なのだが、日本ではまだ俯瞰的な本がなく「ジェネリック」で検索するとこんな本しかみつからない。