El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(124)ー危険すぎる!途上国での移植ー

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 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第124回目のテーマは「臓器売買」。臓器売買というとなんだかオドロオドロしいイメージですが、その本質は臓器移植です。

 腎移植に限定してみると、日本には、末期腎不全で透析を受けている患者さんが約35万人おり、献腎移植(つまり死者からの移植)を希望して登録している人は12,505人です。一方で2019年に腎移植を受けた人は2,057名ですが、そのうち登録していて受けた死体からの腎移植を受けたのは230人に過ぎません。実に90%の1,827名は親族などからの生体腎移植なのです。献腎移植希望者の移植までの待機期間は14年以上という長さです。そこで、献腎移植の10倍近くの親族からの生体腎移植が行われるということになります。これは腎臓が左右2個あり片方を移植のために摘出できるという特殊性(肝臓部分移植や肺部分移植でも同じことは言える)でもあります。実際、保険加入時にもドナーとして腎摘出を受けたという告知を見ることはまれではありません。

 国内では、生体腎移植のドナー(提供者)になるには家族要件というのがあります。具体的には「臓器提供者(ドナー)は、日本移植学会規定に従い原則として親族(6親等以内の血族と配偶者および3親等以内の姻族)に限定する。 」となっています。ではこういう親族がいない場合どうしするのか・・ということで「臓器売買」という話が出てきます。お金で片方の腎臓を提供してもいいというドナーがいて、大金払っても腎臓が欲しいというレシピエントがいれば、そこに臓器売買による移植という話がでてきます。そして国内では違法なので海外で移植を受ける・・・ということになるのです。

 今回の本「ルポ 海外『臓器売買』の闇」はこの数字では表に出てこない海外での移植、を読売新聞社会部取材班記者が調査して新聞記事にする過程をまとめたものです。社会部ということでどうしても犯人捜し的になってしまっており、根底にある移植医療の特殊性、日本人の死生観、国内の移植医療の制度不備といったところにはほとんど踏み込めていないのは残念ですがグレーゾーンで行われている海外での臓器移植の実体を知ることはできます。
 その実態の手がかりとして海外で臓器移植を受け帰国後に日本国内で通院している患者数の調査というのがあります。そうした患者数は2023年3月末時点で総数543人です。移植の種類としては生体移植42人、死体移植416人、不明85人。臓器別では腎臓250人、心臓148人、肝臓143人、肺2人。患者の渡航先、アメリカ227人(腎58肝36心131肺2)、中国157人(腎140肝34心1)オーストラリア41人(すべて肝)、フィリピン27人(すべて腎)、ドイツ13人(肝2心11)、コロンビア11人(すべて
2肝)、以下は10人以下、ベラルーシ、インド、パキスタン・・・などなど、となっています(P165)。

 驚くことにコロナ前の中国では死刑囚からの移植がかなり普通に行われていたようです。その後、経済発展とともに中国国内で移植を希望する富裕層が増え日本人への移植ができなくなってきていたところにコロナ禍となり中国では日本人の移植はほとんどできなくなりました。そのため現在では移植場所もドナーもさらに辺境の国へと移動していきつつあります。この本のメインをなす事件では、手術場所はキルギスやウズベキスタン、手術をする医師はインド人、ドナーはウクライナ人といった具合です。

 当然、国内に比べて医療的にも危険すぎます。案の定、この事件では移植した腎臓は感染症で摘出せざるをえなくなり、お金も返っては来ません。死者も出ていますが泣き寝入りです。ワラにもすがるということなのでしょうが、日本の医療レベルが世界中で期待できると思ったら大間違いなんですね。途上国での移植はかなり危険だとこの本は教えてくれます。怖い話です。(元査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2024年5月)