El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

まちがえる脳

脳はトータルで考える!

タイトルはちょっと中身とはズレているような・・・、しかし視点の新しい脳科学書として読む価値はある。

語り口(文章が・・)が朴訥としているので地味な話が続くのかなあと思って読み進むと、著者自身の実験結果を踏まえながらのニューロン、シナプスの説明がステップ・バイ・ステップでたいへんわかりやすい。脳科学の名を借りて自分の言いたいことばかり言ったり、他人が書いた本の中身を要約しただけのような脳科学本が多い中では良心的。またAIの限界を脳科学的知見から噛んで含めるように教えてくれて、納得感あり。

なによりも、現在主流の要素還元主義的な脳科学=特定の脳領域や特定の機能や物質にフォーカスして語る脳科学(例えば「認知症=アミロイド沈着」というような硬直した1対1の発想)がいかにダメかがよくわかる。以下に引用―

脳は多能性をもつ部位とニューロンを調整し変化させながら、常に全体として活動している。個々の部位と脳全体の関係を、また個々のニューロンとニューロン集団の関係を、それぞれ絶妙に調整しながら、また必要に応じて柔軟に変化させながら、脳は働いているらしい。そのような調整を自律的にできるということが、まさしく脳の特性である。単純な役割分担による機能局在が脳の特性であるという(間違った)考えは、人にとって(語りやすく)わかりやすいシステム(の構造)を脳に投影しているにすぎない。(P209・カッコ内筆者挿入)

結局、マクロな脳部位のレベルでも、ニューロンのレベルでも、そして神経伝達物質と遺伝子のレベルでも、脳の特定の機能を単独で担うものは存在していない。また特定の機能を損なう疾患や障がいにも、単独犯として関わるものは存在していない。脳の機能は、多様な部位、多様なニューロン、多様な神経伝達物質、そして多様な遺伝子が相互作用しながら働くアンサンブルによって実現されていると考えざるを得ない。(P222)

著者は心理学畑から脳科学にすすんだようで、そういう経歴があってこそ包括的な脳の考え方が提唱できるのだろう。