El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

疲労とはなにか

ノーベル賞級の発見・・・というけれど、どうなの

この本の内容について検索すると「ノーベル賞級の発見」と絶賛するものもあるが、それら絶賛は、この著者周辺やビジネス書だけ?という感じもあり、どこまで信じていいのか・・・英語論文が掲載されたというiScienceはインパクトファクター5.8という微妙さ。

生理的疲労とは、エネルギー消耗時に、体内のタンパク質合成を止めて、休息を得るしくみ。これは真核生物翻訳開始因子eIF2α(mRNAからタンパク質を作るときに必要な因子)をコントロール(=リン酸化による活性低下)することで実現されている。

具体的には、ストレスによりさまざまなeIF2αリン酸化酵素がeIF2αをリン酸化することで以下の4つのプロセスが起こる。

  1. eIF2αによるタンパク合成機構が阻害される→疲労回復
  2. 細胞のアポトーシス(細胞死)を誘発する→疲労回復
  3. HHV-6(ヘルペスウイルス)を活性化する→ヘルペス発症リスク↑
  4. 体内で炎症性サイトカイン(IL-Iβ、IL-6、TNF-αなど)を発生させ脳に疲労感を引き起こす→疲労感を引き起こす

一方で、外敵が襲ってきたなどの緊急時にはHPA軸(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis)が動くことで逆に疲労感が抑制される。つまり①②③の疲労そのものの体内現象は進行するが、④の疲労感は抑制されるという逆転現象がおこる。

徹夜や過労で限界突破すると疲労感だけが抑制されるため実際の疲労が認識されず過労死(ストレス応答の疲憊期ひはいき)までいたるのはこんなメカニズムから。

また、世の中のドリンク剤や薬剤(含む覚せい剤、コーヒー・・)は疲労感を減少させるが疲労は減少しない。疲労と疲労感のバランスのよい回復にはリン酸化eIF2α脱リン酸化酵素の活性化という意味では、軽い運動やビタミンB1。

ここらあたりまでは、他の機関の研究でもおおむね認められているようだ。

ここからの後半、特にうつ病とSITH-1とHVV-6のあたりは、相関関係がみられる事象の解釈をめぐる話であり、必ずしも因果関係があきらかになっていないようだ。例えば、
慢性疲労症候群(=筋痛性脳脊髄炎:ME/CFS)についての話もウイルス原因説をとりながらウイルスを同定できていない。そして著者がもっとも力を入れているようにみえるうつ病とSITH-1(シスワン)とHVV-6の関係を論じた部分もまた同じ。

「うつ病患者はSITH-1への抗体陽性率が高い」ことからSITH-1がうつ病の原因遺伝子と言っているのだが、その相関関係を因果関係に変換するための理屈が、

ストレスがまれな時代には敵からの逃れるのに有効だったSITH-1がストレス社会ではうつ病の原因となっている、そしてSITH-1こそがうつ病遺伝子だ。

この遺伝子はいわゆる受精卵を通して遺伝するわけではなく、親から子へのHHV-6感染によって継代すると考えれば、体性遺伝子にないのに遺伝率が高いことが説明がつく。

うーん、想像力の風呂敷ひろげすぎでは?「進化の過程で生き残りに有利だった・・・」という言い方は結構主観がはいりやすい、屁理屈で有利とも不利とも言いくるめられることが多い。ストレス感受性が強いのと弱いのどちらが有利か、どちらでも理屈はつけられる。この話を「ノーベル賞級」と持ち上げていいものか?

とかくウイルス研究者はなんでもウイルスが原因と言いがち。ブルーバックスでさえも批判的に読むだけの力が求められるのか?(新刊購入本)