El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

55歳からのハローライフ

わたしはあなたの人生の一登場人物、ではない!

仕事人間から普通の人間に、ということでハローワークならぬハローライフ。2011年頃に新聞連載された5編の連作集なので時代的にまだ「55歳」なのだろう、今ではあっという間に定年と言えば「65歳」になったわけで、世の中の動きの方が早い。2014年にNHKでドラマ化されたものが10年後の現在再放送されているのを観たこともあり、原作も確認したいことがあり読んでみる。

55歳(今では65歳でもいいが)での人間の成熟に必須なものを端的に言えば、第3編「キャンピングカー」で精神科医が主人公に語るように「自分が自分の時間を生きているように、自分以外の人間はそれぞれの時間を生きているのだ、ということをきちんと認識できるかどうか」ということ。

特に、「オレが、オレが!」で生きてきた(団塊世代)男性に多いと思うが、自分の頭の中にステージがあり、そのステージではいつも自分が主人公で自分以外の人間は登場人物にすぎないと思ってしまう(というか、自分以外の人間にもそれぞれに自我があることを考えもしない)。そんな自己中心的な世界認識のままの大人は結構多い(自分もかなり年齢がいくまでそうだったし、気を抜くとすぐに自己中心的なものの見方を今でもしてしまう)。

そんな独善状態から、それぞれの人間の意識の中ではそれぞれが主人公であり、例えば妻の意識の中では妻が主人公で自分(夫)は登場人物にすぎない、というところまで認識が拡張する(ある意味メタ認知)ことがどこかで必ず必要になる。

「定年になったら妻と一緒に旅行しよう」なんて思っていること自体がそれができていないわけだ。そういうメタ認知ができるようになるステップ、そしてそれにともなう心理的痛み・・それを盛り込んでの定年小説である点が評価できる。(図書館本)