El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

新・私の本棚 (11)最新皮膚科本でアップデート

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「結局塗り薬」は昔の話 最新皮膚科本でアップデート

65歳すぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、、同世代の医師に紹介するブックレビューのサード・シーズン「新私の本棚・65歳超えて一般書で最新医学」。第11回のテーマは「皮膚科」です。

皮膚科といえば、「病変を肉眼でじっくり観察して診断を下す」「結局は塗り薬」――と、医学の分野の中ではクラシックで、正直それほど目新しい進歩などなさそうだと思っていました。ところが、皮膚科領域でも分子生物学や免疫学の進歩が、多くの新しい発見を生んでいるのですね。今回、皮膚科関連の本を読んで驚きました。

ここからは、そんな皮膚科の「今」がわかる本を紹介しましょう。

アレルギー疾患と皮膚の密接な関係

最初の本のテーマは、「アレルギーと皮膚」です。アレルギーといえば、食物アレルギーの話題をテレビなどで目にすることが増え、「子どもが食物アレルギーで検査をした」という知人の話もしばしば耳にします。こうしたアレルギー疾患と皮膚の関わりについては、この十年ほどの間に大きなパラダイム・チェンジが起きています。

それを教えてくれるのが、一冊目の『人体最強の臓器 皮膚のふしぎ』。著者の椛島健治(かばしま・けんじ)先生は1970年生まれ、京都大学医学部皮膚科の教授です。皮膚免疫が専門の椛島先生なので、アトピーについて書かれた部分は特に読みごたえがあります。本書を読んでわかるのは、皮膚科領域でもいつのまにか、分子生物学・分子免疫学が研究の主体になっているということです。

本書では、まずアトピー性皮膚炎患者の急増という観点から、「衛生仮説」(=きれいすぎる環境が過敏な体を作ってしまう)が掘り下げられています。そしてアレルギーは、乳児期に発症するアトピー性皮膚炎に始まり、喘息・鼻炎・食物アレルギーと、次々と部位を変えながら一生ついてまわります。この性質を端的に表す、「アレルギー・マーチ(アレルギーが列を作って行進)」という概念も面白いですね。

「食物アレルギーは皮膚から起こる」
という新説

本書の最大のトピックは、「全身のアレルギーの発症に皮膚が大きく関わっている」ということです。これまで、食物アレルギーはアレルギーの原因となる食物を口から摂取することで発症すると考えられてきました。しかし、アレルギーの原因が皮膚に触れること(=「経皮感作」)こそがアレルギー発症の主体であるという考え方が、新しく登場しているのです。

例えば、本書でも取り上げられていますが、2005年から2010年にかけて国内で販売されていた「茶のしずく」という石鹸が、世間で大きな問題になりました。小麦由来の成分を使用していた「茶のしずく」石鹸は、小麦に感受性を持つ人が手洗い・洗顔に使用することで、経皮感作されるというものでした。ところが、実際のアレルギー反応は、皮膚ではなく小麦を食べることによる食物アレルギーとして出現したのです。まさに、経皮感作で食物アレルギーが起こることが証明された事件です。

これらの知見をふまえて、2008年に「二重抗原曝露仮説」という斬新な仮説が発表されました。この説は、食物アレルギーは経皮感作によって起こり、経口摂取では起こらないというものです。例えば、「ピーナッツアレルギーは、皮膚を通してのピーナッツ成分や殻への暴露が免疫反応を引き起こしている。経口でピーナッツを摂取する場合は、逆に免疫寛容を引き起こすのではないか」と考えます。

つまり、「アレルギーを恐れて食べさせないことが、逆にリスクなのかもしれない」という説なのです。しかし、「アレルギーの原因を摂取することがアレルギーの原因」という考えは、今でも医療者の間で広く根強く残っています。現状では、新しい考えはまだまだ広まっていません。

意外な経皮感作の実例が続々と

本書を読んでいたら、ちょうどNHKの番組『クローズアップ現代』にて、「どう防ぐ?大人の食物アレルギー 意外な原因”を突き止めろ」という内容が取り上げられていました。クラゲと納豆の抗原性が近いことによる「サーファーの納豆アレルギー」、ゴム手袋とバナナの抗原性が近いことによる「医師のバナナアレルギー」など、意外な経皮感作の実例が満載でした。Webにテキスト版もありますので、ぜひ読んでみてください。いやあ、皮膚科もアレルギーもキャッチアップの必要性を痛感します。

皮膚科医が書く
「皮膚科医三代」人間模様

2冊目は不思議な味わいの本をご紹介します。著者は、浜松医大や産業医大で皮膚科教授をつとめた皮膚科医・戸倉新樹(とくら・よしき)先生。文学青年でもあったのだろうと思わせる戸倉先生が書いたフィクションの皮膚科医三代記、「間宮家の皮膚科医」です。

本書はフィクションですが、登場人物の間宮家皮膚科三代のうち二代目が戸倉先生ご自身、そして先生のお父様が初代、ご子息が三代目に相当するのだと思います。フィクションの部分は、医学の変遷・進歩を織り込みながら、二代目医師・間宮倫太郎の研修医時代から留学・研究・大学でのポスト獲得などの経緯が、ほぼ著者自身の経験に沿って進みます。

恋愛と別れ、別の出会いと結婚のあたりはかなりロマンティック。やや昭和男の身勝手さも感じられます。登場人物が基本いい人ばかりで、皆がいい人で居続けられるよう、他の登場人物が病気になったり死んだりするご都合主義的なところもありますが、シロウトの創作としてはなかなかのものです。特に医学の進歩による皮膚科診断学の変遷をうまく筋書きに落とし込んでいるところは専門性がうまく表現されていますし、AI診断や新型コロナも上手に組み込まれています。

リアルな疾患解説で皮膚科の基礎が学べる

この本を特異なものにしているのは、物語の進行にあわせてリアルな皮膚科診断学のテキストと図譜をカラーページで埋め込んでいるところです。つまり、ストーリーの中に皮膚科疾患が織り込まれ、その疾患の解説がストーリーとは別建てで挟み込まれているのです。フィクションと皮膚科、併せて一本という構成です。

皮膚科部分は一般人が読むにはやや難しいレベルですが、皮膚科以外を専門とする医師が皮膚科の基礎を身につけるにはちょうど良いレベルです。そしてなによりも、一冊読み通すと、まるで自分が皮膚科医の人生を送ってきたような気分になれる、そういう意味では不思議な本です。

一般ウケする美容の切り口で
書かれた皮膚科本

一般人にとっての「皮膚科」は、皮膚疾患治療の皮膚科よりも美容皮膚科のほうが近い存在なのかもしれません。3冊目に取り上げた「皮膚の秘密」の著者は、ドイツではマスコミにもよく登場するらしい女性皮膚科医です。本書も最後まで読むと、スキンケアに対する彼女の考え方やそれに基づいた食事や洗顔の方法論など、美容系の話になっていきます。

前半は、外界と接する皮膚の表面を地面に例えて、その下にある皮膚は地下一階が表皮、地下一階と地下二階の間にあるのが基底膜、地下二階の真皮、地下三階の皮下組織とわかりやすく章立てし、それぞれの性質・構造・疾患を説明してくれます。

地下一階(表皮)では、皮膚面におけるマイクロバイオーム・メラノサイトによるメラニンの供給・日光中の可視光線・紫外線・赤外線それぞれが意味をもつこと・可視光線によるビタミンD生成・紫外線による発がん・赤外線による体温上昇や、緯度による太陽光の違いがこれらのメカニズムを通して肌の色を作ってきたことなど、話題は豊富です。

地下二階(真皮)では、神経終末や数々のセンサー(マイスネル小体・ルフィニ正体etc.)を通して、皮膚は脳の一部でもあること・皮膚腺(汗腺・皮脂腺・アポクリン腺)のそれぞれの腺に物語があること、特にアポクリン腺が出すにおい物質と求愛行動の関係は面白いです。

地下三階(皮下組織)では、セルライト――セルライトの悩みは女性特有、それは脂肪組織の周りの線維性結合組織の方向が男女で違うからという、興味深い話です。

後半は年齢ごとの皮膚トラブルについて

後半は、年齢に従って生じる皮膚の問題――ニキビ、日焼け、老化。なかでも日焼けサロンの危険性を強く訴えているのが印象的でした。また、老化に対するボトックスとヒアルロン酸の注入については手技も含めてかなり詳しく解説してあり、十分な知識を得られます。

皮膚科雑学から書き起こし、スキンケアや美容や性感染症と幅広いトピックがつまった本書を読み、著者はおそらくこんな形でドイツのマスコミやネットで発信し続けている皮膚科医なのだと思いました。それを本にまとめたら評判が良くて、日本語訳が出版された…とそんなところでしょうか。

「美容系の皮膚科」という言い方が正しいかはわかりませんが、皮膚科の多様性を知ることができる一冊です。

まとめと次回予告

誰にでも、手荒れや湿疹など皮膚科的な症状の一つや二つはありますよね。内科や外科で診療をしていても、ついでにという感じで皮膚疾患の治療を求められることは多いと思います。

これまでは、医師になったころに身に付けた古い感覚で軟膏の処方などをしてきましたが、今回の3冊によって皮膚科の最新知識に触れることができました。特に、アレルギーのパラダイムシフトはすべての医師が認識しておくべきだと思いました。

さて、次回はこのシーズンの12回目、最終回です。ここまで3シーズン計35の記事を掲載いただきました。少しでもm3.com読者の記憶に残っていればうれしいですが、書いた本人も過去の記事を読むと、おおかた忘れていたりします。歳のせいかもしれませんが、記憶力の減退とともに記憶のあいまいさを感じることも増えてきました。記憶の不思議を痛感しています。

そこで次回は、記憶をメインテーマに3冊、『忘れる脳力』『思い出せない脳』『Remember 記憶の科学』をセレクトして、シーズンの最後を飾りたいと思います。お楽しみに。