El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

本心

2040年の日本のリアルが感じられる

本心

本心

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2022年に読み続けてきた平野啓一郎、彼の目下のところの最新長編「本心」(2021年5月刊行)を元旦から一気読み。平野啓一郎は2022は三島由紀夫の長大な評論にかかりきりだったようなので、長編小説はいったん「本心」で小休止なのだろうか。

小説の舞台は2040年日本。就職氷河期世代が還暦を迎えた頃だ。格差社会はさらに拡大し、一方でIT・AI・VRといった技術は進歩している。主人公の朔也(さくや)もリアル・アバター(依頼者になりかわって旅行したり、雑事をこなし、カメラやヘッドセットを通して依頼者は、アバターの行動を同時体験できる)というギグワークでなんとか生活をたてている貧困層の一人。

母親が「自由死」(本人の意志で死ぬことができる制度)を希望しながらもドローン事故で死んだ朔也は保険金で母のVF(ヴァーチャル・フィギュア VR空間内に再現された母親)を購入し、母親の過去に関わった人々とVFを通して関わりなおしていく。・・・と、そうした流れでゆったりとすすむ物語は、近未来だからだろうか妙に現実感がある。格差をうらんでの要人暗殺計画はその後の安倍元首相暗殺にもつながる。

他にも、コンビニの外国人労働者・ネット投げ銭・DVなどなど現在地点からこの小説世界まではきわめて近い。ストーリー展開も面白いが「こういう社会になるよね、きっと」感がすごい。

エンディングはぼんやりとはしてしまうが、後味の悪さはなく。正月読書としてはまあ、当たり。自分自身の自由死の可能性を考えてしまった・・・・。

素材の収集力といい、それらを物語に構成する力といい、平野啓一郎はすごい。日本のウェルベック?、いやウェルベック超え?