El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

新・私の本棚 (2)コロナの後は・・・が来る!?

コロナの後は○○が来る!? 医師が危惧するあの問題

65歳の元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのサード・シーズン「新私の本棚・65歳超えて一般書で最新医学」の第2回。

今回のテーマは「薬剤耐性菌」です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)騒ぎでかすんでしまっていますが、これまで感染症の最大のリスクと言われ続けていたのは薬剤耐性菌でした。

人類がペニシリン、ストレプトマイシンに始まる抗菌薬のおかげで細菌感染症による死から免れるようになって70年経ちますが、最近になって「抗菌薬」が効かない「薬剤耐性菌」による死亡者数が増加しているのです。

2014年に英国のキャメロン首相(当時)が立ち上げた薬剤耐性菌研究グループによれば、このまま対策がとられなければ2050年には耐性菌感染症による世界の年間死亡者が1,000万人に達するとのことです(「薬剤耐性菌の2050年問題」)。

2015年にはオバマ大統領(当時)による耐性菌に対する行動計画、さらに2016年の伊勢志摩サミットでも耐性菌対策が議題になるなど、COVID-19以前には耐性菌問題こそが健康上の最大の問題でした。

コロナの後は耐性菌が来る?
耐性菌問題がわかる一冊

1冊目は集英社新書「がんより怖い薬剤耐性菌」。細菌の薬剤耐性のしくみ、そしてその耐性を獲得するメカニズムなど薬剤耐性菌をめぐるさまざまなことがコンパクトにまとめられています。

耐性菌蔓延の最大の理由は、人類が浴びるほど抗生物質を使用してきたからです。カビや放線菌は自分の増殖を有利にするために周辺の細菌を死滅させる物質を作り出します。これが抗生物質です。

同時にカビや放線菌は、自分自身をその抗生物質成分から守るために抗生物質成分に対する耐性遺伝子を持っています。その耐性遺伝子がウイルス(ファージ)などによって病原細菌の中に持ち込まれると病原細菌が薬剤耐性を獲得するのです。これが薬剤耐性菌誕生の基本的なメカニズムです。

ではどうすれば耐性菌問題を解決できるのか。最も効果的なのは、特定の抗生物質の使用を長期間全面的に中断することです。そうすれば、その抗生物質はやがて効果を取り戻してきます。

なぜなら薬剤耐性菌には耐性を維持するため酵素を作るなど代謝上の負荷がかかっており、抗生物質がない環境では非耐性菌(=感受性菌)のほうが繁殖に有利だからです。そのため一定期間特定の抗生物質を使わなければ耐性菌は非耐性菌によって駆逐されるのです。

耐性菌を増やさず感受性菌に有利な環境を提供することが重要です。そのために抗生物質の乱用(特に畜産業や養殖漁業において)はルールをきめてしっかり規制していかなければならない――そういうコンセンサスを国際的に作り実行していこうという2020年代だったはず…なのです。

医師と耐性菌の戦い
その相手は「がん治療後重篤感染症」

2冊目「超(スーパー)耐性菌 現代医療が生んだ死の変異」で、実際に耐性菌と闘う感染症医の奮闘ぶりを見てみましょう。

著者のマット・マッカーシーはプロ野球マイナーリーグの経験もある医師。若手感染症専門医であるマットが抗菌薬ダルバマイシンの治験をプロモートしながら、さまざまな人物・患者を通して成長していくドキュメンタリーです。そしてもう一人、常にマットのそばで的確にアドバイスしてくれる指導医の感染症医トム・ウォルシュも重要な登場人物です。

マットがダルバマイシンの治験を企画し、そのプロトコールが承認される過程においてもさまざまな困難に遭遇していきます。マットの現在の努力ぶりを描きつつ、エピソードとしてペニシリンから始まる抗菌薬の歴史、さらには人種偏見に基づく人体実験めいた治験の歴史がたくみに挿入されます。そうした歴史をふまえることで、マットの時代の治験計画が厳しい審査にさらされている理由が理解できます。

苦難の末に治験ができることになると、次は対象患者探しが始まります。そこではさまざまなバックグラウンドをもつ患者たちの人生、たとえば9・11で化学物質を吸い込んだためにがんになった男性、ちょっとした怪我からオキシコンチン中毒になった男性、白血病の治療で免疫不全になり感染した女の子、そうした米国の医療事情も詳細に描写されます。

指導医のトム・ウォルシュのもとには骨髄移植や最新の免疫療法によるがん治療が引き起こした、聞いたこともない細菌や真菌の感染についてのコンサルテーションが殺到します。トムは「がん治療後重篤感染症」のエキスパートなのです。

本文中にも紹介されていますが、実際に子どもをトムに助けられた父親が立ち上げた、トムの業績を賞賛するサイトで彼の活躍が多くの子どもたちを助けていることが紹介されています。

マットとトムの物語から、抗体医薬や免疫療法によるがん治療の進歩が逆説的に「がん治療後重篤感染症」を急増させているという実態がよくわかります。一方で製薬業界にとっては大きな利潤をもたらすこれらの新しい抗がん剤に比べれば、抗菌薬の開発は利益が上げられない分野であるため手を出しにくくなっているという現実もまた浮きぼりになっていきます。

感染症医はまさにそうした困難な時代に立ち向かっているのです。この本はその実態を治験や治療の現場レポートとして伝えてくれ、今まさに自分が米国の感染症治療の最前線にいるかのような緊迫感をもって読むことができました。

助からない確率80%と言われ…
耐性菌感染から復活した女性研究者の物語

3冊目のタイトルは「悪魔の細菌」です。「パターソン症例」という感染症分野で有名な症例報告があるらしいのですが、本書の共著者、トーマス・パターソン氏がまさにその「パターソン症例」のその人です。

パターソン氏は抗生物質が効かない超多剤耐性菌のひとつ、アシネトバクター・バウマニという細菌感染で敗血症を繰り返し死の淵まで行きながら、妻(もう一人の著者ストラスディー氏)の必死の努力で細菌を殺すウイルスであるファージによる治療を受けて、奇跡の回復をとげました。

その実話について当時のSNSへの書き込みやメールのやり取りなどの記録を駆使し、400ページにもおよぶ圧巻のドキュメンタリーが完成したのです。本書の日記風の記載をなぞると以下のようになります。

・ 2015年11月29日-12月3日:観光で訪れたエジプトで、夫(68歳)が突然の体調不良を起こし急激に状態が悪化。現地の病院では手に負えない状態に。
・ 2015年12月3日-12月11日:保険会社の手配により専用機でフランクフルトに運ばれ入院。胆石の陥頓による急性膵炎で膵臓の一部が溶け仮性嚢胞(フットボール大)ができ、そこに多剤耐性菌アシネトバクターが感染していることが判明。
・ 2015年12月12日-:専用機でサンディエゴの自宅に移動。そのままカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)ソーントン病院のICUに入院するが、多剤耐性で抗生物質が効かず一進一退しながらも次第に悪化。
・ 2016年1月17日-:敗血症に呼吸不全を合併し人工呼吸器管理に。腎機能も低下、敗血症も一進一退で次第に消耗し、医師から、助からない確率は80%と言われる。抗生物質の効果がないため打つ手なしの状態が続く。
・ 2016年2月21日-:疫学研究者の妻はPubMedなどを駆使しファージ療法の存在を知る。米国内のファージ研究者に助けを求めるメールを出す。患者(夫)は死線をさまよう状態が続く。
・ 2016年3月17日-:米国初の細菌感染に対するファージ療法開始。一時はファージに対する耐性が出るが複数のファージの組み合わせ、あるいはファージ+抗生物質で細菌感染がしだいに沈静化していく。
・ 2016年8月12日:発病から259日目、リハビリを経て退院。

怒涛の展開で400ページを一気に読みました。得られた教訓は4つ。

 1.いうまでもなく多剤耐性菌の恐怖。
 2.ファージ療法の可能性。ロシアやグルジアなどの共産圏では以前より使われることがあったファージ療法は抗生物質全盛時代になり表舞台から消えましたが、耐性菌の出現で新たな有用性を見出されるかもしれません。
 3.旅行保険の重要性。海外、特に途上国へ行く場合などは専用ジェットによる移動などがカバーされている保険であることが重要です。
 4.記録の重要性。日常的にSNSでメモをとる習慣があり、緊急時でも記録が残っていたことがこの本の完成につながりました。日々の変化が写真も含めてSNSに記録されていることで、一連の出来事をリアルに再現できています。

UCSDのファージ療法のページでは、パターソン氏の病状の変化を動画や写真などで知ることができます。これもまた圧巻のドキュメンタリーです。

まとめと次回予告

新型コロナウイルス感染症が世界を席巻したことで、薬剤耐性菌問題はやや棚上げになっている状態です。

WHOなどからもCOVID-19後の世界が語られるようになってきました。冬に向かい発生や蔓延が予想されるCOVID-19第8波やインフルエンザにも気を配りつつ、医療資源や研究資源を薬剤耐性菌問題に回帰させなければならない、今回の3冊でそんな感想をもちました。

さてCOVID-19発生以来、さまざまな医療情報があらゆる立場から発信されることが続いています。その中には相反する意見も多く、医学・医療において真実が見えない、あるいは真実は立場によって異なる相対的なものでしかないように見える…という認識が一般人の間にも広がっているような気がしています。

何がファクトで何がフェイクなのか、混沌とした時代の中にいると、そのような疑問を抱く出来事もたくさんあります。

次回はそんな時代をふまえ、「Fact or Fake?(真実それとも…」」というテーマで3冊の本「BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相」、「アルツハイマー征服」、「がん検診は、線虫のしごと」を読み解いてみたいと思います。お楽しみに。