El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

測量船 三好達治(復刻版)

秋の雨の一日、「測量船」は心にしみる

特に冒頭の五つの詩は驚くべき名作ぞろいでかっての日本人はみな目にしたことがある。ほるぷ出版が復刻したこの「測量船」は何度開いても、旅情・母への想い・子への想い・古都への想い・少年時代の想い・・と、つぎつぎと走馬灯のごとく流れていく。

電子化やAIとは対極にある世界。理系本ばかりを読んで、四角張った気持ちをなめらかに・・・

 

 春の岬

春の岬 旅のをはりの鷗どり

浮きつつ遠くなりにけるかも

 

 乳母車
母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花あぢさゐいろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり

時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかつて
※(「車+隣のつくり」、第3水準1-92-48)りんりんと私の乳母車を押せ

赤いふさある天鵞絨びろおどの帽子を
つめたきひたひにかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり

淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知つてゐる
この道は遠く遠くはてしない道

 

 雪

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

 

 甃のうへ

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ

 

 少年

夕ぐれ

とある精舎の門から

美しい少年が帰つてくる

暮れやすい一日に

てまりをなげ

空高くてまりをなげ

なほも遊びながら帰つてくる

閑静な街の

人も樹も色をしづめて

空は夢のやうに流れてゐる