El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

最悪の予感 パンデミックとの戦い

CDCよ、お前もか!

マイケル・ルイスのパンデミック本。2021年9月に買って積読状態になっていたのだが2022年3月の連休に読んでみた。ワクチン出現以前に書かれたということを割り引いて読む必要はある。

根底にあるのはCDCの官僚主義批判とも言えるが、ルイスは「すぐれた才能」「異能の人」を書いてきた人(「マネーボール」「世紀の空売り」などなど)で、今回も感染予防・治療という観点での異能の人たちを描くのメインテーマで、謝辞にもあるように何人かはCOVID-19以前からコンタクトして作品化の構想を練っていたのではないかと思う。

ところが2020にCOVID-19パンデミックになってしまい、パンデミック後では出してもピントがずれてしまうということで急遽出版した、というところなんじゃないのかなぁ。本文中の最後の日付が2020年11月で、大統領選挙にも触れていない。

主に前半に取り上げられている感染症対策の異能の人は

  • グラス父娘・・・13歳の娘の科学研究コンテストのテーマに選んだことをきっかけに感染症の拡大様式を予測・コントロールするためのプログラムを作る。
  • チャリティ保健衛生官・・・日本で言えば保健所の所長にあたるのか。とにかく感染症に敏感。CDC(疾病対策予防センター:Centers for Disease Control and Prevention)のダメさに翻弄される。
  • カータ・メイシャー・・・退役軍人病院の医師。疫学の専門家ではないが疫学的センスとそれを処理するスキルが抜群。ソーシャル・ディスタンスなどの考えを編みだす。
  • ジョー・デリシ・・・感染症において感染したものが何かを突き止めるDNAチップを開発(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/6607/ )。とにかく頭の回転が速い研究者。

これら、いわば専門知の感染症アベンジャーズに対抗するのが「旧弊な組織+ポピュリズム(世間)」。ワクチン以前の話なので、アベンジャーズの作戦は感染者の早期特定とソーシャル・ディスタンシング。一方で、CDCはワクチンができるまでやれることはないというスタンス。

というわけで、後半は専門知 VS 旧弊組織+ポピュリズムのせめぎ合いの様子が描かれる。いかにアヴェンジャーズが優れていても、多勢に無勢、結局はじわじわと感染は拡大しという2020年11月で本書はひとまず締めくくられる。

日本からみればCDCはFDAと並んでアメリカの医療・医学の信頼性を担保する、いわば世界標準的な知識の支柱だったわけだが、少なくとも感染症対策の面では動きの遅い官僚組織になってしまっていたということ。

ただし、CDCが1976-77に豚インフルエンザの市中感染の際にいち早く全国民ワクチン接種をやろうとして、副反応死を引き起こし感染症そのものは自然消退してしまうという出来事があった。この事件の際にCDCは「The Swine Flu Affair」という論文で批判された。

この批判で当時のCDC長官(ディビッド・センサー)が更迭されるという事件が現在のCDCの腰の重さにつながっているようだ。まん延前に先回りしてのワクチン接種の難しさ。このように、いくつか新事実も知ることができたが、大統領の交代やワクチン以前のCOVID-19世界の本という感じは否めない。アフターコロナにおける作品に期待したい。(2022/09/23PDF)