El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

私の本棚(1) エクソシスト病、40年越しの解明

還暦すぎのドクターには一般向けの医学読み物がぴったり

 昭和と平成を31年ずつ生きてきて62歳、還暦すぎの元外科医ホンタナです。手術は当の昔に引退しましたが、医師としての現役引退も近づいてきました。

 われわれの世代は学生時代(80年代)分子生物学の触りだけしか学べませんでした。医師になったあとに、モノクローナル抗体やサザン・ブロッティングにウエスタン・ブロッテイングにPCR、生命科学が分子生物学方向に大きく舵をきりました。しかし、外来に追われ、手術に追われ、その日暮らしの30数年でした。気がつくと、自分が専門にしてきたこと以外には、いつの間にか門外漢になっていたのです。

 そんなとき、私は、看護学校の講師を引き受けることになりました。教科書読んでみるとむずかしい!自分の娘より若い世代に教えられるのか?テレビでもiPS細胞やCRISPRという言葉が普通に使われる時代です。まずは自分自身が今の医学にキャッチアップしなくてはいけません!

 書店に看護学生向けの参考書を探しにいくと、すぐそばに一般人向けの医学ものの書籍が結構たくさん並んでいます。立ち読みして驚きました。基礎知識がない一般人向けに書かれているので、基礎から最先端医療の知識までがすーっと頭に入ってきます。

 一般の人には難しそうですが、医学の素養があればすごく楽しめるでしょう。「これだ!」と思い、良質の「一般人向けの医学ものの書籍」を読んでいこうと決めました。

 すると3冊に1冊くらい、かなり素晴らしい本に出会います。これを、「同世代の医師に紹介し、その面白さを共有したい!」という思いからブックレビューを書いてみました。

 

40年の時を経て、「エクソシスト」の病因を解明した神経免疫学

8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら

8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら

 

 まずとりあげるのは「8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら」という本です。同名の映画(佐藤健・土屋太鳳主演 2018年冬休み映画)の原作本です。この映画は、いわゆる「難病+愛」というジャンルなのですが、もうひとつの側面がありました。実はこの映画、「抗NMDA受容体脳炎」という希少難病の存在を啓蒙したいという思いが込められているんです。皆さん、この病名知っていましたか?

 「抗NMDA受容体脳炎」は、2000年以降になって解明された疾患ということで、私はこの映画を取りあげていたテレビ番組で初めて知りました、勉強不足です。卵巣奇形腫を合併していることが多く、腫瘍の中の神経成分への自己抗体が原因と考えられています。

 驚いたことに、私の学生時代に大ヒットした映画「エクソシスト」(1973)の、あのベッドから跳ねあがり、首が180度以上回る悪魔憑きの女の子の症状はこの病気で説明つくらしいです。

 「エクソシスト」から40年たって、あれが悪魔憑きではなく自己抗体による疾患だったということが解明されたわけです。これは、分子生物学や抗体医学の偉大な成果ですね。この分野を神経免疫学と呼ぶらしいです。

不適切な治療がなされることも 特に医療者向けの希少疾患の啓蒙活動は大切
 「抗NMDA受容体脳炎」は、適切な治療がなされれば治るということですが、臨床医でもこの病名知らない人は多いらしく、不適切な治療で症状が進み、死亡したり、重篤な後遺症が残る場合もあるらしいです。そこで、まず医師にこそ、こういう疾患の存在を知ってほしい!と、著者も書いています。

 しかし、この病気と同じように、これまで精神の疾患と思われていた-例えば統合失調症-も、研究が進めば、こうして疾病のメカニズムが解明されて治る病気になってしまうのかもしれません。すごい時代です。

 

医師として読み応えあり 同じ病気を克服した体験記を記した書籍も

脳に棲む魔物

脳に棲む魔物

 

  今回、紹介したのは実在の患者とその夫(婚約者)が書いた闘病記に近いものですが、同じ書名で映画のノベライズ版、コミックなど種類が豊富です。

 また、この病気のことをもっと知りたいという方には、同じ病気を克服したアメリカのジャーナリストが体験記として書いた「脳に棲む」の方が医師には読み応えがあるかもしれません。

 さらに、この分野を概観するのであれば物語的な面白さはありませんが、その名もズバリ「神経免疫学革命 脳医療の知られざる最前線」もおすすめです。

 

まとめと次回予告
 今回は、難病ものの映画の原作から「抗NMDA受容体脳炎」を知り、神経免疫学の世界をのぞいてみました。特に高校生のときビビった映画「エクソシスト」が科学的に解明されていたとは・・いやあ、還暦からの読書楽しいですよ。

 次回予告:「医学生の頃に苦手だった発生学!」ところが還暦過ぎて一冊の本で大好きに。そんな本をレビューしようと思っています。


Dr.ホンタナ
勤務医

ホンタナ Dr. Fontana 元外科医 昭和の31年間で医者になり、平成の31年間は外科医として過ごし、令和と同時に臨床を離れました。本を読んだりジャズ(ダイアナ・クラールの大ファン)を聴いたり、プロ野球(九州時代からのライオンズファン)の追っかけをやってみたり。ペン・ネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで